全米の大学キャンパスのCIOは、テクノロジーのリーダーとして学生や大学自体の可能性を引き出すために必要なツールや専門知識を、職員や管理職、教授に提供する義務があります。しかし、AIが授業計画のトップに挙げられるようになったことで、CIOたちの取り組みはAIよりも厳しく複雑になってきています。
大まかに言うと、AIは、医学から社会科学まで幅広い分野の研究者に必要とされ、大学の効率的な運営を維持し、教授陣の授業を支援し、手遅れになる前に対策が取れるよう学業不振を予測し、学生の管理面で必要な支援を提供するために欠かせないツールなのです。
ガートナーで高等教育のデジタル戦略を担当するVPアナリストのトニー・シーハン氏は、「教育機関内やカリキュラム全体に適切なAIの実践をいかに組み込むかという課題は、戦略アジェンダの最優先事項に急速になりつつあります」と述べ、学生が卒業して社会人になると、経営トップが生成AIを活用したプロジェクトを支援するケースが増えていると付け加えます。
「AIのスキルセットは、多くの学生にとって就職に不可欠なものとなりつつあります。現在、企業は生成AIに多額の投資を行っています。これらのツールを知らないと、就職市場で不利になります」とも同氏は言います。
そのため、学生はテクノロジーの使い方や、ツールを使うチーム(特にエンジニアリングチーム)の管理方法について学ぶ必要があります。アリゾナ州立大学(ASU)のCIOであるレフ・ゴニック氏は、次のように述べています。「技術者特有の一人で仕事をする傾向がAIによって強化されているため、チーム作りはより複雑になっています。これは、現在、CIOにとって興味深い課題の一つであり、いつかリーダーになるかもしれない学生たちが学ばなければならないことでもあります」
そこで、ASU独自のリーダーシップアカデミーでは、今後のITリーダーのための2つの重要な属性をサポートしていると同氏は言います。「一つは、データ、AI、機械学習といったテクノロジーにおける新たなメガトレンドに関する知識であり、もう一つは、テクノロジーの目標を推進し、貢献者を鼓舞するために必要な組織文化を理解することです」と同氏は説明します。
しかし大学の責務は、工学部の学生にAIの授業を提供することだけではありません。事実上、他のあらゆる分野の人たちもAIに触れる必要があり、シーハン氏は、AIを職場で必要とされるソフトスキルになぞらえています。
AIの活用術
高等教育におけるCIOの仕事は、さまざまな環境のさまざまな利害関係者にあらゆるITサービスを提供することですが、利用度が増えるにつれ、AIはいまや重要な位置を占めるようになっています。例えば、フロリダ州立大学(FSU)のトップクラスの研究者たちは現在、革新的な大規模言語モデル(LLM)を開発し、一般ユーザーが使用する生成AIを超え、材料科学やヘルスケアなどの分野の研究の推進に役立てています。さらに、45,000人以上の学生を抱えるFSUは、フロリダ州内だけでなく、パナマ共和国、英国、スペイン、イタリアなど、世界各地にある拠点やキャンパスとグローバルなネットワークで結ばれています。
FSUのCIO、ジョナサン・フォザード氏が指摘するように、大学にあるのは教室や学生寮だけではありません。最先端の研究を行うハイテク研究所もあり、医学部がある大学もあります。大学が行うことはほとんどすべて、ITによるサポートが必要です。
「大学で行われる業務には、ヘルプデスクや給与計算といった典型的なものもありますが、データ分析を担当するチームや、コンサートホールやイベントセンターでのさまざまな活動をサポートする音声動画の専門家チームもあります。当校には国内最高のスポーツプログラムもあるため、スポーツマーケティングとエンターテインメントの最先端を走り続ける必要があります」フォザード氏は言います。
しかし、フォザード氏が最も誇りに思っているプロジェクトは、予測分析を使って、落第や中退の可能性がある生徒を支援するものです。「当校では、過去の証拠に基づく指標に基づいて、生徒の成果を予測するモデルを開発しました。学内のデータサイエンティストやその他の専門家たちで試験的に実施したところ、このモデルを使って非常に正確な予測を立てることができました。しかしこれには1週間近くかかりました」と同氏は説明します。
FSUは同じデータセットを使って同じタスクをAIに与えたところ、モデルは数分もしないうちに専門家と同じ結論を出しただけでなく、成功のための他の要因を発見し、データサイエンティストが考えもしなかったことも提案しました。
たとえば、大学1年生が2年生レベルの授業を1学期か2学期に少なくとも1回は履修した場合、2年生になるまでその次のレベルの授業に一度も触れたことのない学生よりも、はるかに高い定着率を示すことが、AIによって明らかになりました。この予測は非常に正確で、ほぼ確実であることが判明しました。「当校は現在、AIを使用して教員たちがリスク要因を理解するのに役立てています。そして、大学側はリソースを投入し、問題の早期解決に役立てています」とフォザード氏は言います。
学生と教師の個人アシスタント
ジョージア州立大学は、生成AIの台頭よりはるか以前に、チャットボットを通じて会話型AIを大規模に活用した最初の大学の一つでした。そのユースケースの一つは、同校が「サマーメルト(夏溶け)」と呼ぶ現象を最小限に抑えることでした。これは、秋学期に入学が決まっていた高校卒業生が、夏休み中に意欲を失い大学に姿を現さないことを指します。サマーメルトのほとんどのケースに該当するのは、経済的な理由がある学生やペル・グラント(連邦政府支給の奨学金)の受給資格を持つ学生です。
「貧しい学生は、経済状況について多くの情報を求められます。そこで当校ではチャットボットを導入し、学資援助に関するFAQや、学生が秋に新入生としてやってくる前に対処しなければならないその他の重要な分野を読み込ませました。実装時には、数千件のやり取りを想定していましたが、結果として最初の夏には10万件以上のやり取りがありました。学生たちは、人間よりもチャットボットに質問する方が気楽だと感じていたのです」と、GSUの最高イノベーション責任者、フィル・ヴェンティミリア氏は説明します。
ヴェンティミリア氏によれば、多くの学生は片親か祖父母に育てられており、学資援助のプロセスで、資金需要に見合うだけの経済的余裕がないことを確認するフラグが立てられます。学生は自分の状況をアドバイザーに話すのが恥ずかしいと思う可能性もあり、チャットボットとコミュニケーションを取る方が適切な解決できる場合もあります。
「学生たちの質問の内容から、多くのことを学びました。多くの学生が、大学に来る前に必要な予防接種について質問しました。というのも、これらの生徒にはかかりつけの医師がいない場合があるからです。当校には大規模な看護学科があるため、大半の学生が履修登録を行う日に、駐車場にバスを待機させ、学生たちが履修登録をする際に標準的な予防接種も受けることができるようにしました」とヴェンティミリア氏は語ります。
また、GSUはAIを活用したアダプティブラーニング(適応学習)ツールも使用しています。学生は授業に出席しますが、その後デジタルブックやその他のツールを使って授業内容にアクセスします。これにより、学生の学習傾向を学び、彼らがより適切に準備できるように学習指導案や模擬テストをカスタマイズすることもできます。また、複数の学生が同じトピックで苦労している場合、教授が次の講義でその部分を補うことができるよう、教員にその情報が送られます。
「当校では、AIを使った適応ツールについて多くの実験を行ってきました。現在、生成AIを試験的に導入し、よりカスタマイズされたメッセージングを行えるようにすることを検討しています。生成AIの自然な使い方としては、カスタマイズされたティーチング・アシスタントを用意することです。学生は、授業で取り組んでいる数学の問題などについて質問することができようになります」とヴェンティミリア氏は説明します。
大学のキャンパスは、AIを本格的に始動させるのに理想的な場所です。教員は、AIの使用と管理に関するますます幅広い教材を提供しながら、主題に関する専門知識を身につけることができます。また、高度なスキルを有するスタッフ、研究者がおり、試験運用やスケールアップが可能なさまざまなユースケースもあります。しかし、おそらく最も大きなインパクトは、学生が教室でAIに触れ、AIを当たり前のように使えるようになることで、職場でかけがえのない存在になれることでしょう。