サプライチェーンは、製品設計から始まり、調達、製造、流通、デリバリー、そして顧客サービスと一連の業務をこなしています。CiscoのAI/MLデータ製品を担当するデヴァラット・バパト氏は、「そのすべてのポイントが、AIと機械学習にとって大きなチャンスとなります」と述べています。なぜなら、現世代のAIは、サプライチェーン管理に必要な2つの点ですでに優れた能力を発揮しているからです。1つ目は予測です。AIを利用して、下流の需要や上流の不足を予測しています。さらに、アルゴリズムは故障の前兆と認識する1つ以上の事象を検出し、製品品質に影響を与える前に組み立てラインのオペレーターに警告できます。
2つ目は点検です。AIは製造過程の問題発見に使用されています。また材料やコンポーネントを認証し、サプライチェーン全体でトラッキングもできます。
最終的には、AIはサプライチェーンを最適化し、あらゆる状況における顧客の特定ニーズを満たすことができるようになります。それを可能にするテクノロジーは存在しますが、現在のサプライチェーンにはないレベルでのデータ共有が必要だという課題が残っています。その一方、多くの企業は優れた予測と点検がもたらす恩恵にあずかっています。
予測
世界最大のパッケージング会社であるAmcorの例を取ってみましょう。同社は売上高150億ドル、従業員数4万1,000人、世界各地に200以上の工場を擁しています。市場のほとんどは食品とヘルスケア製品のパッケージングです。
「当社は今ご自宅の冷蔵庫に入っているパッケージングのおよそ3分の1を製造しています」同社のグローバルCIOであるジョエル・ランチン氏は述べています。Amcorが製造面で直面している課題のいくつかは、正確な予測と需要の変化への対応に関係しています。食品のサプライチェーンでは、ニーズの変化に応じて注文が頻繁に修正されます。暑い季節にはゲータレードがよく飲まれ、需要が急激に増加し、ボトルの需要が10%から15%急増します。他の製品でも同様です。海の魚が急に増えたら、それに必要なパッケージングの需要が増加します。「常に予測を試みていますが非常に難しいのです。必ずしも顧客のニーズを前もって把握できるわけではないからです」と氏は述べています。
サプライチェーンの対岸でも似たような課題があります。Amcorが不足分を予測できないとしたら、事前に原材料を仕入れることはできません。さらに重要なのは、価格変動を予測する必要があるということです。価格が急上昇する前に低価格で購入できるし、価格が低下する兆しが見えれば購入を控えることができます。
一年ほど前、AmcorはEazyMLを試験的に使用し始めました。顧客の需要と供給側の両方の予測を最適化するプラットフォームです。ERPからの3年分のデータを使ってツールをトレーニングし、変動パターンを捜しました。システムは変化のカテゴリーや、イベントと変化タイプの相互関係を見つけようとしました。例えば、季節的変動について、また複数タイプの変動が同時に起こるか、それらが相互排他的であるかなどをチェックします。
「初期の結果は期待していたものよりはるかに有望でした。変動を予測できれば、必要な原材料の予測もでき、必要な場合は事前に補足できます」とランチン氏は言います。
AIが大きく改善したのは予測領域だと述べるバパト氏にとってこれは驚くことではありません。「これまで多くの企業は、様々な専門家からの情報に重み付けをして平均予測を出すコンセンサス予測に頼っていました。統計的手法を使って過去のデータから推定する統計的予測の方が、コンセンサス予測法より一貫して優れていることが研究で明らかになっています。また、機械知能は、統計的予測よりもさらに優れています。しかし、必ず正確なデータを使用することが重要です」
検査
AIがどのように活用されているかのもう一つの例は、Intelです。リソグラフィを使って複数のチップを1枚のウェーハ上にプリントしています。ウェーハの中心に最も近いチップは電力プロファイルが最も優れている傾向があり、外周に近いチップは、信頼性は高いものの、性能が低下する傾向があります。Intelには、品質基準値があり、それに照らして測定してチップを保存するか破棄するかを判断します。人がウェーハを検査すると時間がかかり、トラブルが多くなります。
IntelのSVP兼CTOであるグレッグ・ラベンダー氏は、次のようにと述べています。「当社はAIを使って適切な高品質のチップを選択しており、そのおかげでチップの製造時間や高品質のチップを市場に出す時間が短縮できるのです。もちろんそれだけにAIを利用しているのではありません。当社には数百人のAIエンジニアがいます。彼らが取り組んだものの一部を当社の製造工場で検査・試験に使用しますが、時には、彼らは誰にも知られることなく、当社の製品内で提供されるAIを開発することもあります」
その一例として、Intelがマルウェアをテストするソフトウェアツールを提供してOEM顧客をサポートしていることが挙げられます。そのツールの1つがIntelラップトップで使用されているスレット・ディテクション・テクノロジーです。Windowsでコードが実行された際、IntelのコードはCPU内の命令ストリームを試験し、適合学習シグネチャアルゴリズムを使って、マルウェアのシグネチャと一致するコードの異常をで探します。一致するものが見つかると、マルウェアを遮断またはブロックし、デバイスが感染したことをWindows Defenderに警告します。
「当社のクライアントのCPUすべてに、スレット・ディテクション・テクノロジーが搭載されます。このような感染はサプライチェーンから忍び込んできます。最終製品が完成する頃には、このツールを使ってしか見つけられないのです。ここ数年はこのツールやAIツールを提供していますが、大規模言語モデルの需要が高まる中、このようなツールが話題に上るようになってきています」とラベンダー氏は語っています。
Ciscoのバパト氏によると、検査はサプライチェーン管理の大きな部分を占めており、製品設計の段階で正しいステップが取られれば検査はかなり容易になると言います。氏は、「製品設計の段階で流れを監視できるデータを生成する器具類を装置に埋め込むことができれば、コストがかなり削減できます。どの製品の部品表を見ても、人件費がかなり負担になっていることがわかります。ここでの負担とは、基本的に製品品質と監督者にかかる間接費なのです。AIは、もうすでにコスト削減に役立っています」と述べています。
最適化
予測と検査は両方とも重要ですが、サプライチェーンが顧客の特定ニーズに合わせられるようになった時に最大の影響をもたらします。バパト氏は、自身が最高のAIアルゴリズムの1つを設計した際に重要な教訓を得たことから話しています。その開発と展開には9か月かかり、それを実際に使用できるまでにはさらに大変な時間がかかったのです。氏は何が問題だったのかを考えてみました。テクノロジーがどんなに優れていても、まず最終顧客が誰であるか、また彼らがアプリケーションをどのように使用する予定であるかを理解しなければ、望ましい結果を達成できないということに気づいたのです。また上級管理職は概して発言力は大きいですが、最終顧客ではないことも指摘しました。
「それ以降は、セールスであってもサプライチェーン管理であっても、まず基本となるビジネスをきちんと理解することから始めました。要件をしっかり理解したあとに、データとAIに眼を向けたのです」と氏は述べています。
バパト氏は、この理念をサプライチェーン管理に適用すべきだと考えています。「最終顧客について慎重に検討することで、AIは消費者と彼らの環境をセグメント化し、それを対象とすることでサポートできます。そこからサプライチェーンに再度目を向け、人件費や製造費、税金、在庫などの様々なコストを検証し、共に最適化していくのです」
サプライチェーンの流れが最適化されれば、次に予測のクオリティとメンテナンスの採用および実行を開始できると氏はさらに述べています。そこから、供給管理のための調達へと再度目を向けることができます。
「これは、サプライヤーは敵ではなくパートナーであるという概念を支持しているのです」
サプライチェーンはその本質上、様々な企業で構成されており、データを共有すべきでないという長年の課題がここにあります。その理由は少なくとも3つあります。1つ目は、サプライヤーが提携企業と競合する事業部門を持っている可能性があること。2つ目は、サプライヤーが競合するサプライチェーンに入っている可能性があること。3つ目は、サプライヤーは交渉の場において有利になるために他と情報を共有しないということです。
現世代のAIはサプライチェーンを最適化でき、正確な製品を適切な価格で適切な顧客に供給するよう調整することもできます。しかし、それを実現するには、現状ではほとんどの企業が及び腰になっているほどのレベルでのデータ共有が必要になります。
「いま必要なのは、企業がデータの一部を提供しすぎていないとしっかり確信したうえで、共有できる技術なのです。その実現にはまだ5年か10年はかかるでしょう」とバパト氏は述べています。