血液透析は腎不全の患者の救命治療です。腎臓透析と呼ばれる治療は、腎臓に代わって血液をきれいにする働きをしますが、それにはリスクが伴います。腎臓透析の提供を専門とするドイツの医療会社、フレゼニウス・メディカルケアは、ほぼリアルタイムIoTデータと臨床データを使って、透析に伴う最も一般的な合併症の1つを予測しています。
同社は世界中に4,000以上の透析センターを構え、特に末期腎不全(ESRD)患者の治療に取り組んでいます。末期腎不全の患者は一生、週に3回透析を受けなければなりません。血液透析を受ける患者のおよそ10%は透析低血圧(IDH)、いわゆる低血圧を引き起こす。
「IDHは透析中の患者に差し迫った重篤なリスクをもたらす可能性があり、医療スタッフはすぐに対応しなければなりません。IDHはこのように患者の生活の質を低下するだけでなく、罹患率や死亡率にも関連しており、臨床効率や有効性も低下します」とフレゼニウス・メディカルケア・ホールディングスの完全所有子会社である腎臓研究所でコンピュータ統計学と人工知能のダイレクターを務めるハンジ・ジャン氏は述べています。
腎臓研究所のリサーチダイレクターであるピーター・コカント医師は、「患者の血圧が低下してIDHが確認されると、医療スタッフが介入しなければならず、クリニックの運営が中断されます」とさらに説明しています。
2021年9月、フレゼニウス社は、IDH発症を15分から75分前に予測するモデル開発のために、機械学習とクラウドコンピューティングの使用を開始しました。医療現場にて患者の治療に前向きに介入することができます。これを実現するには、チームには3つの大きな課題がありました。スケーラビリティ、クオリティとプロアクティブモニタリング、そして正確さです。「機械学習とクラウドコンピューティングを使用した透析低血圧の実時間予測」と呼ばれるプロジェクトにより、同社は2023 CIO 100 Award in IT Excellenceに輝きました。
健康転帰向上に向けたデータの活用
フレゼニウス・メディカルケアの米国支社データー・分析アーキテクチャおよびエンジニアリング部門のダイレクター、ピート・ワゲスパック氏は次のように述べています。「IDHのリスクには患者関連または治療関連の要因が多数あるため、血液透析患者のIDH予測は困難なのです。臨床的には、透析中の特定患者に対してIDHの可能性を予測する方がより有益なのです。ほぼリアルタイムの予測と反応の必要性を定義するために、臨床、運用、そしてテクノロジー専門家から構成された部門横断的チームを作ることが不可欠でした」
当ソリューションはフレゼニウス社の全透析センターに展開する必要があり、各センターはピークタイムには10MBpsの医療データを送信していました。透析機械と医療センサーからのデータ生成から報告・通知まで10秒間の、低レイテンシーで時間的制限のあるソリューションが非常に重要でした。
また、チームが問題に気づき素早く対応するために必要な、体系的および自動の監視・アラートメカニズムも必要でした。本ソリューションは、障害やエラーが発生した際にCloudWatchアラートを使ってDataOpsチームに通知を送り、データ品質アラートの生成にはKinesis Data AnalyticsとKinesis Data Streamsを使用しています。
「アジャイルアプローチを利用して、6か月間にわたって実用可能な最小限のプロトタイプを提供できる機能を優先しました。当社の主な課題は、ピーク負荷の際(毎秒6000件のメッセージ、毎秒6万件のLambda同時実行で19MBps)、および終日(24時間年中無休で5億5000万以上のメッセージを処理)というサービスレベル合意書を満たすために、リアルタイムデータのエンジニアリング、推定、リアルタイムモニタリングをスケーリングする当社の能力でした」とワゲスパック氏は述べています。
フレゼニウス社の機械学習モデルは、透析中の血圧測定と、治療および患者レベルの複数の変数から構成される電子カルテシステムを使用しています。チームは、同社センターで透析を受ける693人の患者による4万2,656回の透析セッションからの観測データを使用したモデルをトレーニングし、検証しました。これらのトレーニングにて、当モデルは、IDHイベント発症の15秒から75秒前にIDHアラートを出すように最適化されました。
透析の改革
本プロジェクトはフレゼニウス社にとって新境地であり、同社はクラウド上の医療情報や、臨床現場でのAIの役割を保護するための手法を調査しなければならなかったとワゲスパック氏は述べています。それぞれは、実際のブロッカーと認識されたブロッカーに関連しています。
「すべての関係者に全面協力してもらうことが不可欠でした。品質改善、作業における完全な透明性にフォーカスを当てて完全に連携し、我々自身の期待に応えることで最大限の誠実さを示し、これが実現したのです」と氏は述べています。
成功するためには、IT組織がよりアジャイルな姿勢をとり、早期の失敗から学び、そこから学んだことを新機能の追加と同様に価値ある成果物として吸収することが必要だったと語っています。
「この姿勢と期待の変化は、トップダウン(上意下達)とボトムアップ(下意上達)でなければなりませんでした。トップダウンでは変更に向けたサポートとスペースを提供し、ボトムアップでは、アジャイルアプローチの経験を持ち、絶えずそれに合わせた行動を取ることができる人材が提供します。この変化は、私たちが使う言葉、学習や進捗を称賛する方法、およびお互いに敬意を持って協力し合うというチームの特徴に見られます」
IDHツールはまだアメリカ食品医薬品局(FDA)の評価を受けておらず、使用許可が下りていませんが、チームは最近その結果をトップの学術腎臓雑誌で発表したとジャン氏は述べています。IDHの予測とタイムリーで適切な防止策が、IDH率を低下して患者の転帰を向上するかを検証するにはさらなる臨床試験が必要ですが、検証コホートにおける当モデルの高性能は前途有望だと氏は語っています。ワゲスパック氏はまた、当モデルはフレゼニウス・メディカルケアの継続的なデジタル改革におけるさらなるステップになったと加えています。
「透析中のIDHを予測する機会は、当社をモノのインターネットやビッグデータ、人工知能の世界に導くための複数の構成要素の1つなのです。この取り組みの成功を踏まえ、現代のデータプラットフォームの新たなソースからテラバイト単位のデータを収集していきます。ここからは、データを効果的に管理するためにプロセスやテクノロジーを繰り返し使用し、画像分類アプリのための機械学習、ゲノム研究、大規模言語モデルをはじめとする継続的な技術革新を実現していきます」