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Web 2.0世代、エンジニア出身の若きITリーダーが描く「IT部門の未来像」とは—— 楽天グループ三津石 智巳氏に聞く

IT系の仕事を志すきっかけになった「Web 2.0」の思想

——これまでの経歴は?

楽天グループに2013年の新卒入社以来、「楽天トラベル」一筋で13年ほど歩んできました。担当してきたサービスは変わっていませんが、働くフェーズや業務領域のレイヤーは幅広く変化してきたと感じています。

入社当初、社内公用語がすでに英語になっていたこともあり、TOEICで800点を取る必要があったため、必死に勉強したことは今でも良い思い出です。ちょうどグローバル化が本格的に動き始めたフェーズで仕事を始めることができたのは、とても幸運だったと思っています。

楽天でのキャリアは一人のソフトウェアエンジニア、いわゆるインディビジュアルコントリビューターとして始まりました。開発領域においては、グリーンフィールドでのゼロからの立ち上げから、稼働中のシステムの改修や廃棄に至るまで、アプリケーションのライフサイクル全体を一通り経験してきました。現在はTravel Service Reliability課のシニアマネージャーとして仕事をしています。

——ITの道を志すようになったきっかけは?

きっかけは大学時代、Web 2.0の世界に触れた体験でした。2007年に筑波大学へ入学した当時、ちょうどWeb 2.0が世間を席巻していた時代でした。私は図書館情報学という、人や技術、社会を学際的に研究する学問を専攻していたのですが、「個人が技術によってエンパワーメントされ、社会にインパクトを与えることができる」Web 2.0の思想に強く魅力を感じたのです。

特に印象に残っているのは、学生時代に参加したWikiに関する勉強会です。当時は草の根の勉強会が盛んで、右も左もわからないまま職業人の方が主催するコミュニティに飛び込んでいきました。

Wikipediaに代表されるWikiというソフトウェアには、「草の根で情報を集積し、みんなで編集と校閲を行い、人の役に立つ形にしてパブリッシュする」という思想があり、そうした思想を技術的に実装できるところに大きな魅力を感じました。社会をエンパワーメントする思想をインターネットサービスという形で実装していくことの可能性に惹かれたのが、この道を選ぶ動機になったと思います。

楽天でのこれまでのキャリアを振り返ると、特定の大きな仕事を手がけたというよりは、2〜3年ごとに役割やポジション、担当プロジェクトが変わる中で少しずつ貢献してきたという感覚があります。その中でも、新卒5年目にインディビジュアルコントリビューターからマネージャーへ転じたことは自分の中ではとても大きな変化で、「自分が手を動かして早く正しく作ること」から、「チームとしての再現性と正確性を担保して成果を出すこと」へと、考え方そのものが変わりました。

仕事の軸となっている3つの価値観

——仕事をする上で大切にしていることは?

大きく分けて3つあります。

1つ目は、「顧客視点でニーズに応えること」です。私自身が外部のお客様と直接やりとりする機会は限られていますが、上司や経営層を内部顧客として捉えた時に、「自分がやりたいこと」を先走らせるのではなく、「会社やお客様に向けて何を提供したいのか」を正しく理解した上で、自分の価値をそれにどうフィットさせるかを考えるようにしています。

2つ目は、「安心・安全を守ること」です。AIをはじめとする新技術の進展によって、さまざまなサービスやDXの取り組みが生まれていることは素晴らしいことですが、一方で、いつの時代においても安心・安全は揺るぎない価値だと信じています。品質や安心・安全を守るというのは目立たない取り組みではありますが、私自身はとても大切にしています。

3つ目は、「作り手と使い手の相互理解を深めること」です。エンジニアとビジネス部門、楽天という会社とお客様——といったように「作り手」と「使い手」は相似形の関係にあると思っているのですが、どこかで認識のズレが生じることがあります。例えば「この機能を作るのにはこれだけ時間がかかる」とエンジニアが感じていても、ビジネス側は「早く作ってほしい」というような状況はよく起こります。

同じゴールを目指しているのに、目の前の行動や考え方が噛み合わない時、いかに「共通認識」を作れるか——。安心・安全の領域でも同様で、「これだけのリスクがあるから今、投資しておくべき」という説明が届かないと、コストや納期の齟齬が生じてしまいます。作り手と使い手が共通言語を持って「ゴールは同じですよね」とすり合わせられる状態を、社内外を問わず広げていきたいと思っています。

技術の本質は歴史から読み解く

——日々変化する技術トレンドをどのように学んでいますか。

大前提として、「技術トレンドそのものを目的として追わないこと」を強く意識しており、「トレンドの奥にある技術の本質は何か」を考えるようにしています。

20〜30年前に流行った技術の思想は本質的には変わっておらず、当時は組織力や技術力、ハードウェアの制約から実現できなかったものが、時を経てようやく実装されるというケースがよくあります。たとえばマイクロサービス化は最近始まった話ではなく、UNIXの思想として語られた30〜40年前の思想の再来だと私は捉えています。「なぜ当時は実装できなかったのか、なぜ今はできるようになったのか」と、歴史の文脈で現在の技術を位置づけることを意識しています。

具体的なテクニックとして活用しているのが、図書館情報学で学んだ分類の発想です。本を読む時に、日本十進分類法(本を分類する仕組みの一つ)の「何番の本を最近、よく読んでいるか」を意識して、偏りに気づいたら全く別の分類の本を手に取るようにしています。技術の流行りすたりに引きずられることなく、バランスよく知識を習得することを大切にしています。

情報収集においては、最近では生成AIに聞くことも多くなりました。10年前は本やWeb、あるいは人に聞くことでしか得られなかった情報が、生成AIによって即座に概要を得られるようになり、情報の入口のハードルは格段に下がりました。ただ、それはあくまで表層的な情報なので、その知識が時代や歴史の中でどう位置づけられるのかを体系化するには、多くの本をじっくり読んで時間をかけていく他はない、とも感じています。AIを入口に、図書館情報学的な思考法で深める——という学びのコンビネーションが、自分の中では自然な学び方になっています。

また、月に一度、家族で旅行に行くことも学習の一環だと考えています。尊敬するライフネット生命創業者の出口治明さんが「学ぶ方法は人と本と旅の3つ」とおっしゃっていたこともあって、「現地現物で経験する機会」を仕事以外でも増やしたいと思い、目標に設定しました。

自分が「楽天トラベル」の開発に携わっているからこそ、旅行予約サービスやホテル、移動手段に一顧客として向き合うという経験には特別な意味があります。SNSやホテルのホームページで見ていたデータと現地の体験では、情報の密度が全く違うことを実感できます。DXが叫ばれる今もなお、デジタル化されていない情報が実に多いと肌で感じることで、仕事の解像度が上がります。

例えば私は子どもが3人いるのですが、日本のホテルで5人部屋を探すことには今でも苦労します。そうした一顧客としてのペインポイントが、「もしかしたら他のお客様も同じ思いをしているかもしれない」という想像力につながっています。AIがあれば答えはすぐ出ますが、AIは「デジタル化されていない情報」を拾うことはできません。現地に行き、経験し、実物を見ることの価値は、AI時代の今こそ一層重要になっていると感じます。

理想のリーダー像は「自分に嘘をつかない人」

——理想とするリーダー像と、そのために実践していることをお教えください。

社外の方でロールモデルとしているのは、ライフネット生命の創業者で、現代の知の巨人として知られる出口治明さんです。数字、ファクト、ロジック、そして世界と歴史の視点で、「地球の大統領」のような俯瞰でものごとを語る方で、彼の著作を組織作りやビジネスの考え方などの参考にしています。

自分が理想とするリーダー像を一言で表すなら、「自分に嘘をつかず、正しいと思ったことを品性高潔にやっていくリーダー」です。立場によって、正しさの定義が変わるようなこともあるとは思いますが、大局的に考えれば、ゴールはそれほど人によってずれていないと思うのです。地球は平和な方がいい、毎日食事ができた方がいい——そう考えると、社内政治的な動きや小手先のハックに頼るより、真面目に素直に正攻法で進めることが、結局は最も近道になると感じています。

現場で直面するプロジェクトや技術的な課題の多くは、いわゆる「ロケットサイエンス」のようなものではありません。難解な数式を解いたり、これまで存在しなかった技術を生み出したりしなければならないケースは、実際にはそれほど多くないと思うのです。

むしろ現場で頻繁に起きているのは、ゴールも課題も見えているはずなのに、メンバーがそれぞれ違う方向に進んでしまい、問題が解決されないという状況だと感じています。

そのため私はまず、チーム内で「課題の認識をそろえること」を意識しています。たとえば、「今私たちが解こうとしている課題はこれですよね。目指しているゴールも同じですよね。そのうえで、解決方法としてはA案とB案がありますが、それぞれが別のやり方で進めてしまうと前に進めないので、まずはここだけはB案で進めてみませんか」といった形で共通認識をつくることを大事にしています。

その実践の中で私が大切にしているのが、「まず30分集まって話す」ということです。対面で話したことがない、あるいはお互いの業務について一度も聞いたことがないという、たったそれだけの理由で、ちょっとした思い込みが生まれ、知らないうちに壁ができてしまうことは少なくありません。

しかし、30分でも膝を突き合わせて話してみると、「そういうことだったのか」と理解が進み、メンバーの表情が晴れやかになる場面を何度も見てきました。実際には、それだけで解決する問題も少なくないのです。だからこそ、こうした対話が組織のあちこちで自然に生まれ、多発的に起きるような仕組みや人材育成を進めていきたいと考えています。

——リーダーとしての覚悟が試された出来事はありますか。

エンジニアからマネージャーへの道を選んだときにはとても悩みました。この判断を下す際に大きかった要因は3つです。図書館情報学を出発点に人や社会、組織のダイナミズムに興味を持っていたこと、昇進のチャンスが巡ってきたこと、そして「管理職はハードルが高いという周囲の声が多かった中で「自分が貢献できることがあるかもしれない」と思えたことです。

棚からぼた餅(昇進の機会)が落ちたときに、それを取るかどうかはけっこう重要だと思いましたし、一エンジニアでいるよりもマネージャーになったほうが、組織や社会へより戦略的なインパクトを与えられるかもしれないと思ったのです。

マネージャーになった時、当時の上司からかけられた「メンバーとマネージャーの違いは、その人やその家族の人生に責任を持つことだ」という言葉は、今でもリーダーの覚悟として心に刻んでいます。「マネージャーが行った評価がメンバーの給与に影響し、その家族の生活にも影響しうることを忘れてはならない」という大事なことを教えていただきました。

全てに正解を出せるわけではありませんが、その重みを理解した上で覚悟を持ってマネージャー職を務めたいと思っています。だからこそ、ローパフォーマーに耳の痛いことを伝える際にも、「ゴールはここですよね」という共通認識を作った上で、数字やデータ、ファクトを示し、相手に自ら気づいてもらえるようなコミュニケーションを心がけています。

一方で、「人は一番輝ける場所で働くことが幸せ」とも思っているので、場合によっては別のチームや部署の方が合っているかもしれないという選択肢も、リスペクトを持って率直に伝えるようにしています。

競争と協調の新しい関係──AI社会を支える産業横断のルールづくり

——IT部門の役割はこの数年でどう変わったと感じていますか。

AIの進化と普及によって、開発部門の役割は大きく変化しつつあることを、日々実感しています。かつてプログラミングはエンジニアだけのものでしたが、今やビジネス部門の方でもPythonを書いたり、Webアプリを作ったりできる時代です。それ自体はとてもポジティブなことだと思っています。

一方で、エンジニアの価値がシフトしていく領域があるとすれば、それは機能やUIを作る先にある「安心・安全の担保」だと思っています。AIが生成したアウトプットを人間がチェックすること、24時間365日稼働し続けるサービスの信頼性を守ること、システムの先にある実際に人や物が動くところで残念な体験を生まないこと——。技術がより多くの人に開放されていく中で、その安心・安全と倫理性、具体的にはSRE(Site Reliability Engineering)やガバナンス、セキュリティを担保することが、IT部門や開発部門の今後の使命だと感じています。

——先が読めない時代に、意思決定の拠り所にしている判断軸は何ですか。

意思決定の拠り所にしているのは、「一貫性」と「変わるものと変わらないものの識別」です。技術も社会も振り子のように変動しますが、振り子の中心には変わらない軸があります。たとえば人間の脳の基本構造は1万年ほど変わっていない、人間は動物である——といったように、変わらない部分をしっかり理解し、変動する部分には柔軟に追随していくという、バランス感覚が判断の基準になっています。

AIについても同じ視点で捉えています。表計算ソフトが出た時も、パーソナルコンピューターが普及した時も、人々は「なくなる仕事」を恐れましたが、最終的に最も具体的なレイヤーである「モノが実際に誰かに届き、人が実際に動くところ」はなくなりませんでした。

AIも同様で、「トランザクションを包む抽象レイヤーが一つ増えた」と現時点では捉えており、その最も具体的な部分、なくならない領域でビジネスや技術のオーナーシップを持てるようにしておくことが重要だと考えています。

——生成AIや自動化が進む中で、IT部門の「人の価値」はどこにシフトすると見ていますか。

人の価値は、AIでもできるのかもしれないけれど「人がやらないとなぜか納得できない領域」へと、徐々にシフトしていくのではないでしょうか。安心・安全の領域や、グレーで泥臭いと言われるようなところがそれにあたります。

例えばチーム内で意見が合わないときに、AIが技術的に人と人をマッチングして「話しなさい」と指示することはできるかもしれませんが、メンバーそれぞれの思いを汲んで、思いが一致するところを探るべくファシリテーションをするような場作りは、人の仕事として意外と淘汰されないのではないかと思います。

——理想とするIT部門のあり方についてはどのように考えていますか。

一言で言えば、「安心・安全の公共財化」です。

たとえば航空業界では、航空会社同士は競合関係にありますが、インシデントやエラーの情報は業界全体で共有し、より安全に飛行できるよう共通の標準づくりを協調して進めています。

ITの世界でも同じことが言えると思っています。企業やサービスはそれぞれ競争していますが、AIが社会に広く普及していく中で、誰もが安心・安全に利用できる基準は、一社の取り組みに閉じるのではなく、産業全体でルールや標準として整備していく必要があると思うのです。

作り手と使い手の顔が見える関係を築きながら、誰もが安心してデジタルやAIを活用できる社会を実現するためにITでどのように貢献していくのか。それこそが、これからのIT部門に求められる役割だと考えています。

後藤祥子

フリーランスの記者、編集者。前職のアイティメディアではITmedia エンタープライズの担当編集長としてメディア運営のほか、特集企画、記事執筆、タイアップ企画、セミナー企画、情シス コミュニティー「俺たちの情シス」の運営などを担当。2020年に独立し、IT系メディアやビジネス系メディア、オウンドメディアなどでイベント企画や取材活動を行っている。信条は、「変化の時代に正しい選択をするのに役立つ情報を提供すること」と「実務者が真に知りたいことを実務者の視点で伝えること」。


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Category: NewsApril 21, 2026
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