属人性の壁──経験と勘の時代からの脱却
物流業界は大きな課題を抱えている。
物流の現場を長年支えてきた“属人性”という壁である。宅配の現場は、ベテランドライバーの経験に依存してきた。どのルートが最も効率的なのか、どの時間帯に不在が多いのか、繁忙期にどれだけ荷物が増えるのか──こうした判断は、個々のドライバーの頭の中に蓄積された暗黙知によって支えられていた。地域特性や顧客の生活リズムが複雑に絡み合う宅配では、経験の差がそのまま生産性の差となり、サービス品質にも直結していた。しかし、人手不足が深刻化し、新人や協力会社ドライバーの比率が高まる中で、この属人性は大きなリスクとなっている。
さらに2024年問題による労働時間規制の強化は、従来の“経験頼み”の働き方を維持することを難しくしていた。現場は、これまでの延長線上では立ち行かなくなる未来をはっきりと意識し始めている。そこでSGHグループは、ベテランの経験に依存した現場を“データで支える現場”へと転換する取り組みを本格化させた。
AIが現場を変えた──手書き伝票のデジタル化と業務効率化の進化
SGHグループが労働人口減少という課題に取り組み始めたのは2018年ごろから。EC市場の急拡大で荷物量は増え続ける一方で、現場の人員は限られる。将来的に大きな課題になるのは明らかだったからだ。
こうした中で進められたのが業務の効率化だ。
佐川急便では当時、年間約14億個、多い時には1日約500万個の荷物を扱っていた。eコマースが進んだことにより、配達伝票の約90%の電子化は進んでいた。
こうしたデータを活用し、導入されたのが最適な配達ルートを自動表示する「スマート集配」という仕組みだ。
従来はベテランが経験をもとにルートを組み立てていたが、スマート集配では荷物情報、地図情報、過去の配達実績などをもとに、AIが最適ルートを提示する。
これにより、走行距離は平均で5〜10%削減。新人や協力会社ドライバーでも効率的に配達できるようになった。
データのフルデジタル化でさらなる業務効率化
しかしさらなる業務の効率化を進めていく上で大きな壁となったのが、伝票のフルデジタル化の問題だ。90%の伝票をデジタル化したとはいえ、約10%にあたる40〜45万枚/日が手書き伝票として残っていた。
この10%の伝票がある限り、業務をフォーマット化し、デジタル化を進めていくのは難しい。
フルデジタル化が進まなければ、ドライバーは当日にならないと荷物の全体量を把握できず、これが朝の業務に大きな負担としてのしかかった。
この課題を解決するため、同グループはAI‑OCRの開発に踏み切る。
しかし、手書きの複写式伝票の読み取りは想像以上に難易度が高かった。
複写式の伝票は、かすれや傷、筆圧のばらつきが非常に多く、AIで簡単に読み取ることができない。読み取り精度を高めるために調整を重ね、繰り返し学習させた。こうした作業は現在も地道に続けられているのだという。
試行錯誤を重ねた結果、数字の読み取り精度は99.9%に到達。さらに2022年4月には、手書きの住所の読み取りも含めたフルデジタル化にも成功した。これにより、翌朝4時までにすべての荷物情報がデジタル化される仕組みが整い、現場の作業は大きく変わった。
フルデジタル化された情報は、次の業務効率化へとつながっていく。
積み込み作業の効率化だ。従来、ドライバーは自分の担当エリアに合わせて荷物を探し、最適な順番で積み込む必要があった。これは各々の経験に依存する作業であり、ベテランと新人の間で大きな差が生まれていた。
そこで開発されたのが「夜積みアプリ」である。トライバーがあらかじめ担当するエリア内の住所単位での積み込みパターンを事前登録することにより、その内容に合わせた積み方をアプリが提示する仕組みだ。
このアプリ開発と導入により、積み込み時間は平均で20〜30%短縮された。営業所によっては、1人あたり15〜20分の削減が実現している。ドライバーの朝の負担は大幅に軽減され、出発時間の安定化にもつながった。
AI‑OCRによるデータ化と、積み込み・ルート最適化の仕組みは、SGHグループのDXを象徴する取り組みとなった。単なる業務改善ではなく、現場の働き方そのものを変える“構造改革”である。こうした取り組みが積み重なり、同グループのDXは次のステージへと進んでいく。
AIがつくったデータ基盤は、次の最適化へ──GCJ との協業が開く未来
AI‑OCRによって手書き伝票のデジタル化が進み、翌朝4時までに全荷物情報が揃う仕組みが整ったことで、SGHグループは“データが揃う物流”という新たなステージに入った。
これまで現場の経験に依存していた業務が、データを起点に再設計できるようになったのである。積み込み作業の効率化やスマート集配によるルート最適化は、その象徴的な成果だった。
しかし、同グループが目指すのは単なる効率化ではない。荷物量の変動、配達指定時間、不在データ、地理的特性──こうした複雑な要素を踏まえ、集配エリア設計そのものを最適化する“次の段階”が必要だった。特に2030年に予測される輸送力不足は深刻で、従来の延長線上では持続可能な物流を維持できない。
SGHグループはトータルロジスティックスの機能を進化させ、次世代物流システムの開発を目指し、2024年には、佐川急便がグーグル・クラウド・ジャパン(以下GCJ)とDXを活用した総合物流機能の強化に向けた戦略的パートナーシップ協定を締結した。
この協業は、「スマート集配」をさらに高度に最適化させる取り組みにもつながるものだ。
SGH経営企画部の南部一貴部長(所属・役職は取材当時)は次のように語る。
「従来のAIルート最適化は、定期配送や荷量が安定した領域では効果を発揮していましたが、宅配のように荷量が日々変動し、エリア特性が複雑に絡む領域では限界がありました」
佐川急便ではスマート集配導入にかかわらず以前より、貨物の種類、量、時間帯、顧客の要望、地理情報など、複合的なデータをもとに効率的なルート設計を行っている。これらの情報をグーグル・クラウドのデータ分析基盤と組み合わせることで、従来は人の経験に依存していたルート設計を、データに基づく科学的なプロセスへと変えていく。
この取り組みが実現すれば、配達効率はさらに向上し、ドライバーの負荷軽減にもつながる。加えて、繁忙期の急増にも柔軟に対応できる“変動に強い物流”が実現する。AI‑OCRで始まったデータ化施策は、GCJとの協業によって、より高度な最適化へと進化しつつある。
SGHグループのDXは、現場の課題解決から始まり、データ基盤の構築、そしてAIによる高度最適化へと段階的に発展している。伝票情報(紙)のフルデジタル化したことで、さまざまなことに活用できるようになったデータは、いまや同グループの物流改革の中心にあり、未来の物流を形づくる原動力となっている。
成果と壁──生産性向上とグループ連携の難しさ
データ基盤が整い始めると、SGHグループの現場では目に見える変化が次々と生まれた。
AI‑OCRによる手書き伝票のデジタル化で、翌朝4時には全荷物情報が揃うようになり、積み込み作業では「夜積みアプリ」が開発・導入され、ドライバーの朝の負担は大幅に軽減され、出発時間の安定化にもつながった。
配達効率は向上し、顧客体験(CX)も改善された。
データは、経営・現場・顧客のすべてに価値をもたらし始めていた。しかし、成果が広がるほど、新たな課題も浮かび上がる。それが、グループイン企業とのデータ連携である。
しかし、この壁を乗り越えた先には、新たな可能性が広がっている。国際物流のデータと国内配送のデータを統合すれば、リードタイムの短縮が実現する。倉庫データと宅配データを組み合わせれば、より精度の高い需要予測が可能になる。グループ全体のデータがつながれば、物流の価値はさらに広がる。
成果と壁が交錯する中で、SGHグループのデータドリブン経営は次のステージへ向かおうとしていた。その先にあるのは、データが描く“新しい物流の未来”である。
未来への航路──データが描く新しい物流の姿
成果と課題が交錯する中で、SGHグループは次のステージへと歩みを進めていた。データドリブン経営は、現場の効率化や適正運賃収受を実現するための手段であると同時に、物流の未来そのものを形づくる“基盤”でもある。同グループが見据える未来は、単なる業務改善の延長ではない。データを活用し、物流を企業経営の戦略領域へと押し上げる世界だ。
問い合わせ対応の効率化、請求業務の自動化、集荷依頼の最適化──データを軸にした新しい業務プロセスが生まれ、物流の付加価値はさらに高まるだろう。
未来を形づくるもう一つの柱が、環境負荷の可視化である。物流は輸送手段やルート設計によってCO₂排出量が大きく変動するため、データによる可視化はGX(グリーントランスフォーメーション)を推進する上で欠かせない。
荷主企業にとっても、自社のサプライチェーン全体の環境負荷を把握することは重要であり、物流データはその基盤となる。
さらに、AIとデータを組み合わせた高度な最適化も視野に入っている。荷物量の変動、顧客の行動パターン、交通状況、天候──これらをリアルタイムで分析し、最適な配達計画を自動生成する未来は、決して遠くない。経験と勘に依存していた時代から、データとAIが支える時代へ。物流は今、確実にその転換点に立っている。
ガートナージャパン バイスプレジデント チームマネージャーの一志達也氏は、次のようにコメントしている。
「人間の蓄えた知識や経験に頼る、『非科学的』な意志決定は当然属人的なものとなり、組織が大きくなるとムラやバラツキが生じやすくなる。それが積み上がると、大きなコスト増や収益の圧迫につながってしまい、企業の競争力を損ねる要因になってしまう。データは、取り扱いの難しい面はあるが、その性質を理解して上手に使いこなせば、ビジネスを『科学的』に進められるようになり、先に挙げた問題を解決する。今はAIの時代である。AIはまさに、データに基づき科学的に振る舞うビジネス・マシンであるが、SGHグループがこの先においてAIをどう活かしていくのかも楽しみである」
データが物流を変え、物流が社会を変える──。その未来はすでに動き始めている。SGHグループの挑戦は、これからも続く。
Read More from This Article: 人の経験に頼った物流から、データで動く物流へ──SGHグループが挑む「データドリブン経営」の真価
Source: News

