オフィス移転の3並列プロジェクトが転機に——サイボウズ CIOが重視する「信頼の基盤」とは
オフィス移転が転機に――情シス・マネージャーとしての第一歩 ——これまでのキャリアについて教えてください。 2005年に大学を卒業し、新卒でサイボウズに入社しました。入社当初はプログラマーとして、開発者支援の立場から開発環境や検証環境の構築を手伝ったり、問い合わせフォームを開発したりといった業務に約1年間携わっていました。 その過程で多くのプログラマーと出会い、自分自身もプログラミングを経験する中で、次第に「コードを書くことそのもの」よりも、仕組みや基盤をつくる仕事のほうに強い関心があると感じるようになりました。周囲にはゼロからイチを生み出す創造性に優れたプログラマーが多く、その力には大きな敬意を抱いていました。一方で私は、ゼロから何かを生み出すというより、既存のものを組み合わせて全体を整え、より良い形にしていく役割のほうが向いているのではないか、と考えるようになったのです。 そうした気づきから、入社1年目の終わり頃にはインフラの領域へと軸足を移しました。当時は「インフラエンジニア」という言葉で切り分けられるというより、サーバーやサービスの運用も含めて、IT基盤全体を支える仕事に取り組むべきだと感じていました。 当時のサイボウズにはインフラ領域の専任担当が社内におらず、業務委託の方々に支えていただいていた状況でした。そのおかげもあって、ネットワークやサーバー、外部向けサービスの基盤など、幅広い領域を実際に経験できました。社内IT環境の構築はもちろん、拠点オフィスのネットワーク設計、当時提供していた社外向けクラウドサービスの運用管理まで、インフラエンジニアとして多様な業務に携わってきたと思っています。 2014年には、本社を飯田橋から日本橋へ移転する大きなプロジェクトがありました。このタイミングで情報システム部門のマネージャーを任され、以降は社内システムにより注力する立場になりました。そして2024年から、情報システム本部長を務めています。 現在掲げているミッションは、「いつでも、どこでも、誰とでも、最高に働けるIT環境をつくること」です。働く環境を支える「基盤」をどう設計、維持し、どのような形に進化させるか。その責任を引き受けるのが、いまの私の役割だと捉えています。 オフィス移転×データセンター移行×UC刷新――3並列プロジェクトへの挑戦 ——これまでのキャリアで、最も大きな実績は何でしょうか。 2014年から2015年にかけて行った本社オフィス移転プロジェクトは、今でも非常に強く印象に残っています。当時、サイボウズは従業員数が増加している最中で、本社を飯田橋から日本橋へ移転するプロジェクトが立ち上がりました。そのタイミングで私自身もマネジメントを担う立場になったのですが、この取り組みは単なるオフィス移転にとどまりませんでした。 飯田橋のオフィスでは社内のサーバールームで自社サービスを稼働させていたため、それらをデータセンターへ移行する必要がありました。さらに、ビデオ会議の活用を強化していた時期でもあり、電話システムやビデオ会議といったユニファイドコミュニケーション基盤の全面刷新も同時に進めることになったのです。オフィス移転、サービス基盤のデータセンター移行、ユニファイドコミュニケーション基盤の刷新という、どれか一つでも大きな負荷がかかるプロジェクトが3つ同時に走る状況でした。ここがまず、強烈に記憶に残っています。もう一つ忘れがたいのが体制です。 当時の情報システム部門は5名で、ネットワーク担当が別部門に2名おり、実質7名でこのプロジェクトに向き合っていました。「外部に任せるよりも、自分たちで設計・構築したい」という思いが強く、結果としてユニファイドコミュニケーション基盤を除くオフィスネットワークやサーバー基盤についても、移転のタイミングで刷新し、設計から構築までを内製で進めることになりました。 非常に大きなプロジェクトでしたが、チームの誰も同様の経験を持っておらず、進め方は完全に手探りでした。それでも、「自分たちでやりたい」「このチャレンジが面白い」という気持ちが途切れず、チーム全体のワクワクする気持ちが推進力になっていたことを覚えています。 このプロジェクトで最も強く実感したのは、「個人の力では難しいことでも、チームであれば乗り越えられる」ということでした。少人数でも、一人ひとりが持てる力を発揮し、チームとして機能すれば、これほど大きなプロジェクトでもやり遂げられる。その体験は、その後のキャリア、そして現在の立場における仕事観の原点になっています。 方向性を示し、支え続ける――マネジメントの本質に気づいた経験 ——これまでの最大のチャレンジと、それが現職にどう活かされているかを教えてください。 最大のチャレンジは、「チームの力をどう最大化するか」でした。本社移転の3つの大規模プロジェクトが同時に走る状況では、個人の力だけでどうにかできるものではありません。 それ以前は、チームで仕事をしていても、どこかに「自分が頑張れば最終的にカバーできる」という感覚があったと思います。しかし、あの規模ではそれが成り立たず、「人に任せなければ前に進まない」という現実に直面しました。 そこで難しかったのが、「信じて任せる」ということでした。任せる勇気、そして任せ方のバランスをどう取るのか。それが最大のチャレンジであり、同時に最も大きな学びになりました。 当時の私は、「任せる=あとはよろしく」という感覚をどこかで持っていたのだと思います。ただ、この規模のプロジェクトでその任せ方をするのは、自分自身が怖くてできませんでした。そこで気づいたのは、本当に仕事を任せるというのは、単に手を離すことではなく、「どの方向に進むのか」を明確に示した上で役割を託し、途中で何かあればきちんと支援できる状態をつくる、ということです。今で言う「伴走」に近い考え方ですね。 自分でやったほうが早いと感じる場面は何度もありましたが、それでも、メンバーが一度壁にぶつかること自体が成長につながると判断できる場面では、あえて任せて見守り、一方で、ここで失敗するとプロジェクト全体に影響が出るという局面では介入する——。その見極めとバランス感覚が、当時の最大の挑戦でした。 この経験を通じて、「伴走しながら支える」リーダーシップの取り方が自分には合っていると実感しました。 ——10年ほど前からリモート環境をつくってきたとのことですが、きっかけは何でしょうか。 きっかけは2011年の東日本大震災です。その際、社長の青野から「全従業員がフルリモートで働ける状態をつくってほしい」というオーダーがありました。 当時は情報システム部門としても十分な準備が整っていたわけではありません。それでも私と一部のメンバーが出社し、全社員のPCにリモートデスクトップの設定を一台ずつ行っていきました。今振り返ると力技ではありましたが、あれがスタートでした。 その経験を通じて、「リモートでも仕事はできる」という手応えを得ました。一度それが分かると、リモートワークは特別なものではなく、継続的に活用する選択肢になっていきました。やがて月に数回は自由にリモートワークができる制度が整い、それに伴ってコミュニケーションの在り方を見直す必要が出てきます。 そうした流れの中で、ビデオ会議をはじめとするコミュニケーション基盤の整備に力を入れるようになり、それが現在の働き方につながっています。リモートワークは「制度として導入した」というより、必要に迫られ、試行錯誤しながら形づくられてきたものだと感じています。 「広げた風呂敷は畳め」――構想と実行性を両立させるという覚悟 ——印象に残っているキャリアのアドバイスを教えてください。 いくつか大きなプロジェクトを手がけていた頃、隣の部署の上長から掛けられた「広げた風呂敷は、きちんと畳めるようにしろ」という言葉が今でも強く心に残っています。 プロジェクトを立ち上げるときに理想や構想を語ること自体は誰にでもできます。しかし本当に大切なのは、そのプロジェクトを最後までやり切り、完遂させることです。風呂敷を広げたのであれば、その責任は自分が負い、最後まで畳み切る。その言葉が腑に落ちて以来、何かに取り組むときに「構想」と「実行性」を必ず両立させることを強く意識するようになりました。 情報システム部門の仕事は、運用や保守といった「守り」の業務が多く、ユーザー部門からは「何をしているのか分かりにくい」と見られがちな側面があります。だからこそ、自分たちが「やる」と言ったことを確実にやり切ることが重要だと感じてきました。 言うべきことは言う。言ったことは必ずやる——。そんな有言実行を積み重ねることで信頼は生まれ、より責任のある仕事を任せてもらえるようになる。その積み上げが、今の立場につながっていると思います。 国境も時間も越えて「最高に働ける環境」を支える仕事 ——現職の仕事の魅力ややりがいを教えてください。 大きく3つあると感じています。 1つ目は、「最新技術に触れながら、それをどう活かすか」を考えられる点です。 生成AIの登場によって、業務や働き方そのものが大きく変わる転換点に立ち会っている感覚があります。新しい技術をどう活かし、生産性や組織の力をどう高めるかを考えられるのはとても大きなやりがいです。一方で新しい技術には必ずリスクも伴うため、利活用とリスクコントロールの両立を前提に実装を進めています。 2つ目は、「お客さまが従業員である」という点です。 従業員一人ひとりの働きやすさを支えているのが情報システム部門です。私たちは「いつでも、どこでも、誰とでも、最高の仕事ができるIT環境を提供する」というミッションを掲げています。 今や海外拠点も含めて組織が広がり、国や言語、時間、場所の異なるメンバーが共に働く環境になっています。そうした違いを越えてチームとして機能し、最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることが私たちの役割です。これは従業員個人の生産性向上にとどまらず、結果として事業の成長や組織力の強化にもつながっていきます。加えて情報システム部門は、会社の「信頼の基盤」を担う存在でもあります。特に昨今は、セキュリティ対策や安定したIT基盤の整備が企業の信頼そのものに直結します。直接、目に見える成果ではなくとも、事業と組織の土台を支えているという実感は、この仕事ならではの魅力です。 3つ目は、「マネージャーとしてメンバーの成長を間近で見られること」です。 チームをより良くしていくためには、メンバー一人ひとりが自分の強みを見つけ、前に進んでいくことが重要だと考えており、その瞬間に立ち会えることが大きなやりがいです。 仕事を任せるときには、本人にとって「少し難しい」と感じるレベルのものをあえて任せるようにしています。すると本人は「何とかできました」と控えめに振り返ることが多いのですが、こちらから見ると明らかに大きく成長しています。その成長を近い場所で支え、実感できることが、今の仕事の魅力だと感じています。 「任せて育てる」――これからのマネジメントに必要なもの ——成功するマネジメントに必要なことは何でしょうか。 大きく2つあると考えています。1つは「メンバーに仕事を任せていくこと」、もう1つは「メンバーが最高の仕事ができる環境を整えること」です。 経験を重ねるほど「自分がやったほうが早い」「自分ならこうする」と思ってしまいがちですが、そこで踏みとどまらなければメンバーは成長しませんし、個人の力でできることには限界があります。任せることには「失敗したらどうしよう」という怖さが伴いますが、「自分が支えれば大丈夫だ」と信じて仕事を託すことが欠かせないと感じています。 働く環境づくりも同じくらい重要です。働きやすさや情報共有のしやすさはもちろんですが、特に重視しているのが「失敗しても再挑戦できる文化」をつくることです。失敗が起きたときに、個人を責めるのではなく、「なぜ起きたのか」とプロセスや環境に目を向ける。そう捉えた方が次の挑戦につながりやすいと考えています。 私自身のリーダーシップは、「先頭に立って引っ張る」というより「後ろから支える」スタイルです。環境を整えた上で「きっとできるから任せる」と部下に仕事を託し、壁にぶつかったときには伴走して支える——。その繰り返しが、今のマネジメントの基本になっています。 ——「あえて失敗させるマネジメント」を意識するようになったきっかけは何だったのでしょうか。 サイボウズのカルチャーが大きいと思います。サイボウズには「公明正大」という価値観があり、その中に「アホはいいけど、嘘はダメ」という言葉があります。 多少の失敗や、やってしまったこと自体は問題ではありません。ただ、それを隠したり、うまくいっていないのに「うまくいっています」と装ったりするのは良くない。そうした文化が根付いているからこそ、失敗を過度に恐れず、きちんと伝えることが組織として当たり前になっているのだと思います。だからこそ私は「失敗させない」ことより、「失敗からどう学び、次につなげるか」を重視するようになりました。 「自分にしかできない組み合わせ」を育てる…

