人手不足、2024年問題、EC拡大、インフラ老朽化──日本の物流は今、かつてない複合危機に直面している。年間約29兆円の巨大市場を支えるトラック輸送は、ドライバー不足と労働規制強化により構造的な限界を迎えつつある。こうした状況の中、傘下に佐川急便を持つSGホールディングスグループ(以下SGHグループ)は「物流を止めない」という使命を掲げ、早くからDXに取り組んできた。単なる効率化ではなく、社会インフラ企業としての変革を目指す同グループのDX戦略は、どのように構築され、どこへ向かうのか。
物流危機の時代に立つ日本
日本の物流は、いま歴史的な転換点に立たされている。国内貨物輸送の九割以上を担うトラック輸送は、長年の人手不足に加え、2024年4月から適用された時間外労働の上限規制によって、従来の長時間労働に依存した構造が限界を迎えた。国土交通省の試算では、対策を講じなければ2030年には34%もの輸送力が不足するとされ、物流の持続性そのものが揺らぎつつある。
現場では、荷待ち・荷役といった無償作業の長時間化、再配達の増加、都市部の倉庫不足、道路・橋梁の老朽化など、複数の課題が複雑に絡み合う。さらに、EC市場の拡大によって荷物量は増え続け、CO₂削減や環境負荷低減といった社会的要請も強まっている。政府は「物流革新緊急パッケージ」を打ち出し、モーダルシフトや共同輸送、物流DX・GXの推進を掲げているが、構造改革には荷主・物流事業者・消費者が一体となった取り組みが不可欠だ。
こうした状況は、単なる業界課題にとどまらず、日本経済全体の持続性に直結する問題である。物流は社会の血流であり、止まれば経済活動が麻痺する。だからこそ、労働人口減少が進む未来に備え、デジタル技術を活用して業務を効率化し、省力化し、持続可能な物流体制を構築することが急務となっている。
この複合危機に対し、いち早く抜本的な改革に踏み出してきたのが、佐川急便を傘下に持つSGHグループである。同社は2000年代初頭から本格的にDXに取り組み、IT基盤の刷新、データ活用、AI・ロボティクスの導入、そして人材育成まで、物流の未来を見据えた変革を積み重ねてきた。
SGホールディングス(以下SGHD)の取り組みは、単なる業務改善の域を超え、企業文化や事業構造そのものを変える“企業変革(トランスフォーメーション)”として評価されている。2025年には、経済産業省と東京証券取引所が選定する「DX銘柄2025」においてDXグランプリ企業に選ばれた。多くの先進企業がしのぎを削る中でのDXグランプリ企業選定は、SGHグループのDXが深く、広く、そして継続的に進化していることの証左だ。
だが、同社にとってこうした選定はゴールではない。むしろ、これまで積み重ねてきた挑戦の“通過点”にすぎない。物流を止めないために、そして社会にとって必要不可欠な存在であり続けるために、SGHDを中核としたSGHグループはDXを企業変革の中心に据え、次のステージへ歩みを進めている。
こうした同グループのDXの原点はどこにあったのか──。
DXの原点と転換点──先駆的IT投資からダウンサイジングの決断へ
SGグループのDXの源流は、実は1985年にまで遡る。貨物追跡システムや代金引換サービス「e-コレクト」の開発など、当時としては画期的なIT投資を積極的に進めてきた。物流業界ではまだデジタル化が一般的ではなかった時代に、「お客様のニーズに応えるとともに、サービスや輸送の品質を向上させるためにITを活用する」という明確な意思を持ち、先駆的な取り組みを続けてきた。
SGHD経営企画部の南部一貴部長はこの時代を振り返り、「1985年からのDX化の第1フェーズは、業界に先駆けてIT投資をしっかり進めてきた時代でした。貨物追跡システムやe-コレクトの開発など、既存サービスのレベルアップと輸送品質の維持向上を目指していました」と語る。
こうした“業界の常識にとらわれない先駆けの取り組み”は、後の大規模DXの基盤となり、SGHグループの企業文化として根付いていく。
しかし2000年代に入ると、同社は新たな壁に直面する。荷物量の増加に伴い、システムのデータ量が爆発的に増え、ホストコンピュータの増強コストが経営を圧迫し始めたのだ。2005年頃には、ITコストは右肩上がりで増加し、経営課題として無視できないレベルに達していた。
南部一貴、経営企画部長は当時の状況をこう説明する。
「荷物量が増える中で、ホストコンピュータのサーバー増強が必要になり、ITコストが右肩上がりになっていました。この状況を続けるわけにはいかないという危機感がありました」
そこで同社が下した決断が、ホストコンピュータのダウンサイジングである。
だが、この挑戦は極めて難易度が高かった。当時、佐川急便では年間約14億個の荷物を扱っていた。もし移行に失敗すれば、物流ネットワークが停止し、社会に甚大な影響を及ぼす。
「当時は大規模な情報処理はメインフレームが主体でした。これを並列分散処理に移行する中で、仮に失敗してシステムが止まれば、世の中への影響は計り知れない。悩みに悩んだ上での決断でした」と南部部長は当時を振り返る。
さらに、移行後の運用を見据え、グループ内IT会社であるSGシステムの若手社員を集め、システム開発・保守運用の教育を徹底。新しいミドルウェアやハードウェアを導入しながら、内製化を同時に進めるという、難易度の高い取り組みに挑戦した。
最終的に、複数台のサーバーを並列分散処理するオープンシステムへの移行に成功し、ITコストの大幅削減を実現した。この成功は、SGHグループにとっては、単なるシステム刷新ではなかった。
後に続くAI-OCR開発やスマート集配、グーグル・クラウド・ジャパン(GCJ)との協業など、より高度なDXへとつながっていく。SGHグループのDXは、ここから本格的な進化を遂げていくことになる。
AIが現場を変えた──手書き伝票のデジタル化と業務効率化の進化
SGHグループ傘下の佐川急便では、当時年間14億個もの荷物を扱っており、繁忙期には一日に100万枚もの配達伝票の情報を人の手によりシステムに入力していた。業務効率化を考えた際、同グループまずここに着目した。そしてグループのIT統括会社SGシステムと協力会社がAI-OCRを開発し、さまざまな試行錯誤を重ね、2022年4月には配達伝票の完全デジタル化を達成した。実に月間8400時間もの作業時間の削減となっただけでなく、デジタル化された配達データをさまざまな業務効率化へ活用するプロジェクトも進んだ。例えば、配達伝票のフルデジタル化前は、当日の朝にならないと全ての配達情報がわからなかったが、フルデジタル化後は、翌朝4時までに全荷物情報が揃う仕組みが整った。これにより、ルート設計の精度は飛躍的に向上した。というのも、従来はベテランが頭の中で組み立てていた合理的なルート判断を、だれでも参照できる“共通言語”へと変えていくため、荷物情報、地図情報などをもとに、AIが効率的なルートを自動で提示する「スマート集配」を本格導入したのだ。経験に頼らずとも、データをもとに効率的な集配ルート設計ができると、新人や協力会社ドライバーでも効率的に配達できるようになり、現場の生産性は大きく向上した。
そしてその後さらに同グループは「夜積みアプリ」の開発・導入へと発展していく。
人の経験に依る物流は、データによって新たな進化を遂げようとしていた。この変革は、やがてグループ全体を巻き込む大きな流れへと発展していく。
DXは企業変革へ──5つの個別戦略が描く未来と、持続可能な物流への展望
AIを活用したデータ基盤の整備、積み込みやルート最適化の高度化、そしてGCJとの協業によるエリア設計の再構築──SGHグループのDXは、現場の課題解決から始まり、データを軸にした高度な最適化へと進化してきた。こうした取り組みを体系化し、企業変革として位置づけたのが、同社が掲げる「SGH-DX戦略」の5つの個別戦略である。
第一の戦略は、トータルロジスティクスの拡大と付加価値向上だ。単に荷物を運ぶだけでなく、顧客体験(CX)やオペレーション(OX)の高度化を通じて、物流を起点とした新たな価値を創出する。EC市場の拡大に伴い、顧客のニーズは多様化している。配送品質の向上、受け取り体験の改善、国際物流の強化など、物流を“サービス”として再定義する取り組みが進む。
第二の戦略は、新技術によるサービス拡充と生産性向上である。AI、ロボティクス、IoTなどの技術を積極的に取り入れ、現場の省力化や自動化を推進する。AI‑OCRやスマート集配はその代表例であり、今後は倉庫内ロボットや自動仕分けシステムなど、より広範な領域での活用が期待されている。
第三の戦略は、経営・事業を支えるデジタル基盤の強化だ。クラウドファーストの方針に基づき、システムの標準化やデータレイク(あらゆる種類のデータを“生のまま”大量に保存できる巨大なストレージ基盤)の構築を進めることで、グループ全体のデータ活用を加速させる。GCJとの協業は、この基盤強化の象徴的な取り組みであり、データ分析やAI活用のレベルを一段引き上げる役割を担っている。
第四の戦略は、DX人材育成と推進体制の進化である。DXは技術だけでは成立しない。企画人材と構築人材を育成し、事業会社とIT部門が連携して変革を推進する体制が不可欠だ。SGHDは150人規模のDX企画人材育成を目標に掲げ、専門性を持つ構築人材とともに、将来のコア人材を育てる取り組みを進めている。
第五の戦略は、グローバルITガバナンスの強化だ。海外事業の拡大に伴い、セキュリティやシステム標準化の重要性は増している。3年ごとのロードマップ策定やグローバル基盤の整備を通じ、世界規模での事業運営を支える体制を構築している。
これら5つの個別戦略は、単なるデジタル化の計画ではなく、物流の未来を再構築するための“企業変革の設計図”である。
三位一体のDX推進体制──戦略・企画・構築の連動
SGHグループのDXを支えているのは、戦略・企画・構築が三位一体となった独自の推進体制だ。
この体制は、単なる役割分担ではなく、「誰が何を担い、どのように連動するか」が明確に設計されている点に特徴がある。
まず、グループ全体のDX戦略を描くのはSGHDだ。物流を取り巻く環境変化、社会課題、顧客ニーズ──これらを踏まえ、目指すべき方向性を定める“司令塔”の役割を担う。
次に、各事業会社がその戦略をもとに企画を立案する。
宅配、ロジスティクス、国際輸送、ITなど、事業ごとに異なる現場課題を踏まえ、「どの業務をデジタルで変えるべきか」「どのプロセスを標準化すべきか」を具体化していく。
そして、その企画を実際のシステムとして形にするのが、約1000名のIT人材を擁するSGシステムだ。
アプリケーション開発、データ基盤構築、AI実装、セキュリティ対策──グループのDXを技術面から支える“エンジン”として機能している。
この三者が縦割りではなく、一つのチームとして連動していることが、SGグループのDXの強さである。
さらにSGHグループは、外部パートナーとのアライアンスも積極的に進めている。クラウド、AI、ロボティクス、データ分析──先端技術を持つ企業との協業により、社内だけでは実現できないスピードとスケールでDXを推進している。
グーグル・クラウド・ジャパンとの協業によるドライバーの担当エリアやルート設計のさらなる最適化、ロボティクス企業との自動化ソリューション、クラウドベンダーとのデータ基盤強化など、外部の知見を柔軟に取り込みながら、グループ全体の競争力を高めている。
戦略を描くホールディングス、企画を担う事業会社、構築を担うSGシステム、そして外部パートナー── これらが一体となって動くことで、SGグループのDXは“現場で使えるDX”として進化し続けている。
こうしたSGHグループの取り組みについてDXの専門家はどのようにみているのだろうか。
ガートナージャパン バイスプレジデント チームマネージャーの一志達也氏は、次のようにコメントしている。
「多くの日本企業が、過去何年もの時間と相応の費用をDXに費やしても、具体的な成果を獲得できず苦心している。そうなってしまう原因は、具体的な目的や目標が曖昧で、会社としての意志や実行力が不足している、といったところにあるとみている。それに対して、本記事で取り上げられたSGグループは業界全体の課題も含め、経営が現状に危機意識を持ち、現場起点で取り組みを進めている。その過程で立ちはだかる技術的な負債に対しても、他人任せにするのではなく自分事として、正面から立ち向かっているところも評価できる」
日本の物流は、いま大きな変革期にある。人手不足、需要増、環境対応という複合課題に直面する中で、SGHグループはDXを通じて物流の未来を切り開こうとしている。AI‑OCRで始まったデータ活用は、グーグル・クラウド・ジャパンとの協業を経て、企業変革の中心へと進化した。これからもSGHグループは、社会インフラ企業としての責任を果たすために、DXを進化させ続ける。
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