ベンダーから事業会社へ——新たなフィールドへの挑戦で得たやりがい
——これまでのキャリアをお教えいただけますか。
私のキャリアは、かなり変わった道筋を辿ってきました。大学時代は美術・考古学を専攻していて、ITとは全く無縁の世界にいたのです。当時は就職氷河期で就職が難しかったのですが、IBMがインターネットを使った美術館のプロジェクトを手がけていることを知り、「これは面白そう」と思って応募したのが、ITの世界に入るきっかけでした。
IBMでは19年間、SEやITアーキテクトとしてさまざまな経験を積み、その後、事業会社での実践的なIT活用に魅力を感じて、ファーストリテイリングでモバイルアプリやECサイトの統括を担当しました。それからセールスフォースでベンダーとしての経験を積んだのですが、やはり「事業会社でITを使って、ビジネスをスケールさせる仕事のやりがい」が忘れられず、アダストリアに移ってECサイトやモバイルアプリ、DX戦略を手がけることになりました。
現在、CIOを務めるランスタッドは人材業界ということで、私にとっては全く新しい業態です。毎日が学びの連続で、驚きと発見に満ちています。これまでは、自分の担当領域だけを見ていればよかったのですが、今はCIOとして「会社全体のシステムに起こることすべてが自分の責任」という重みを感じています。その分、いろいろなことに挑戦できる機会も増えて、とても楽しく仕事をしています。
ECサイトの大規模刷新を経て得た「変革の進め方」
——これまでのキャリアを振り返って最も大きな実績は何だったのでしょうか。
これまでのキャリアで最も達成感があったのは、前職のアダストリアで手がけたECサイトの大刷新プロジェクトです。データセンターのサーバーからクラウドへの移行、モノリシックなシステムからマイクロサービスへの転換など、複数の大きな改革を5つのフェーズに分けて進めました。
それぞれのフェーズが重なり合う状況で、技術的な難易度はとても高いものでしたが、社員の方々に協力していただいて、なんとか最後までやり抜くことができました。
このプロジェクトから学んだのは、「全てを一気に進めるのではなく、少しずつ切り出して、小さな成功を積み重ねていくこと」の大切さです。そして、「ビジネス側の方々を味方につけるために時間をかけること」の重要性を学んだことも価値ある経験になりました。
実際に現職でも、この学びを生かしています。先週も、ビジネス側の執行役員の方々にお集まりいただいて、「私たちはITを使ったこのような世界を目指しています。一緒にやりましょう」という形で巻き込みを図りました。こうしたアプローチはまさに、前職のプロジェクトで身につけたものです。
現場をIT部門の味方にするために——前職から続く挑戦とは
——実績を上げるための挑戦はどのようなものだったのでしょうか。その学びは現職にどのような形で生かされていますか。
ビジネス側の方々に「アーキテクチャ刷新の価値」を理解していただくのはとても大きな挑戦でした。アーキテクチャの刷新は直接お金につながるものではないので、「なぜ、これをやると良いことがあるのか」を、ビジネスサイドの方々にも分かりやすく説明する必要があったのです。
何度もその価値や思いを伝え続けて、最終的にはビジネス側から「それならマイクロサービスで進めましょう」と言ってもらえるくらいの説明が必要です。もちろん専門領域が違うので説明には時間がかかりますが、そこを面倒くさがらずに、きちんと時間をかけることが良い結果につながります。
今の会社でも同じアプローチを取っており、ビジネス側に「IT導入を応援してくれる人」になってもらうために、情報を積極的に共有していく取り組みを続けています。
キャリアの軸を支える二つの助言
——これまで受けたキャリア面のアドバイスで印象に残っているものはありますか。
2つありまして、1つ目は、IBM時代に出会った素晴らしいリーダーシップを発揮する女性の先輩からいただいた「目の前に来た馬車には乗れ」という言葉です。新しいことへのチャレンジはとても怖いものですが、「せっかく馬車が来たのだから乗ればいいじゃない」とシンプルに考えて決断すれば良い、と教えてくださいました。今のCIOというポジションにチャレンジしようと思ったのも、この言葉があったからかもしれません。
2つ目は、ファーストリテイリングの柳井社長からの「後始末じゃなくて、前始末をしなさい」という教えです。
「後始末だと時間がかかって後手に回るので、できるだけしっかりと時間をかけて前始末(事前準備)をしなさい」という考え方です。これは完全に自分の中に染み込んでいて、今でもメンバーに「なぜ、前始末ができていないの? もう少し準備に時間をかけましょう」と、ついつい話してしまうほどです。
例えば最近、複数の大きなリリースが重なる時に、「どの環境を誰がどのように使うのか」がはっきりしていない状況がありました。そういう時こそ、面倒くさがらずに関係者と一つひとつ話し合って決めていくという「前始末」が大切です。そうすることで、その後のテストやリリースがとても楽になるのです。
CIOとしてのやりがいは、「外のやり方」を提示することで「新たな選択肢」を示せること
人材業界は私にとって新しい分野なので、毎日いろいろな発見があり、疑問も湧いてきます。異なる領域から来た私だからこそ、「これってどうしてそうなっているんですか?」と素直に聞くことができると思っています。
その上で、「外の世界にはこういうやり方もありますよ」「正解ではないかもしれませんが、こんなアプローチもあるかもしれません」ということを、経営の方々やさまざまな立場の方にお話しできるのは、とてもやりがいがある部分です。「自分が今、この会社で出せる価値は、こういうことなのかな」と感じています。
責任の面では、これまでECやモバイルアプリという特定の領域を見ていたのが、今は「この会社のITに関わるものすべてが自分の肩にのしかかる」という状況になりました。領域は広がりましたが、マインドとしてはあまり変わっていません。ただ、以前は設計まで含めて自分ですべて把握していたものが、今は様々な人に任せている部分を見ることになるので、「一歩引いた上で、その責任をどう背負うか」というところが新しいチャレンジになっています。
CIOに求められるのは「物語を語る力」
——CIOとしてリーダーシップを発揮する上で大事にしていることは何ですか。
最も重要なのは、「物語を語れること」だと思っています。
ITの話はどうしても難しく聞こえがちですが、「この小さなリリースや機能の先に、皆さんに描ける未来はこれです」ということを伝えた上で、「だから今は、その未来に向けて、この小さなリリースを積み重ねているんです」という話ができると、現場の方々も「それなら、次はこういうことがあるんだ」「こういうことが見えてくるんだ」と思ってくださって、共感していただきやすくなります。
この「物語を語る」ということには、コミュニケーション能力だけでなく、「今後3カ月のリリースではなく、2年先のあるべき姿」を見据えて、どういう段階を踏んでいくかを見極める力も含まれます。これがCIOに必要な資質だと思っていて、私自身もまだまだ磨いているところです。
AIの活用方針は「人間との共存」
——今やAIは企業戦略に欠かせない存在となっています。どのように活用していくお考えですか。
AIの活用については、正直なところ2025年1月以降に状況が急速に変化しており、どこまで正確にお話しできるか不安な部分もあります。
その上で、弊社では「ヒューマンインザループ」の考え方を基本に据えています。AIにすべてを任せるのではなく、あくまで補助的に活用する。これは日本の法令だけでなく、本社があるEU圏のAI法に準拠する必要があること、そしてAI特有のハルシネーション(誤出力)のリスクを踏まえた判断でもあります。「AIと人間が共存することを大切にする」というのが、私たちの基本方針です。
一方で、日本のIT業界では導入のスピードが加速しています。AIはすでにコーディングに活用できますが、そのコードが正しいかどうかを見極めるのは、まだ人間の役割です。1〜2年後にはそこもAIが担うかもしれませんが、現時点では人間とAIが互いの強みを補完し合っている段階だと感じています。
社内には、AIを「専属エンジニア」のように使いこなしているメンバーもいます。ただ、すべての業務がすぐにAIに置き換わるとは考えていません。深い知見や広い視座、そして「最終的な判断」は人間に残り続ける領域だと思います。
重要なのは、自分にできないことをAIに丸投げするのではなく、自分が理解していることを精度高くAIに指示することです。AIを活かすには「人に伝える力」や「解像度高く要求を伝える力」が不可欠であり、これは生成AIの時代においても変わらず求められるスキルだと考えています。
失敗した時の基本姿勢は「バッドニュースファースト」で
——失敗したときのリカバリーについて、どのような考え方をお持ちですか。
私が常に心がけているのは「バッドニュースファースト」、つまり悪いニュースほど早く伝えるという姿勢です。メンバーにも「悪いニュースを自分のところで留めてしまうと、あなたの責任になってしまう。だから、できるだけ早く私のところに引き上げてほしい」と伝えています。私自身も上司に対しては、速やかに「こんなことが起きました」と共有し、透明性を最優先にしています。
現在の職場は、国籍や文化が異なる方々と仕事をする環境で、同じことを言う場合でも、伝え方次第でネガティブに受け取られてしまうことがあります。そのため、常に相手の反応を見ながら「いつ、どのように伝えるべきなのか」を考え、適切なタイミングでできるだけポジティブな表現に変換して伝えるようにしています。これは文化を問わず有効な方法だと思っています。
また、日本人と海外スタッフではコミュニケーションのスタイルも異なります。部会のような場では一つのメッセージを統一的に伝えますが、1on1の場では少し調整を加えています。「まずは承認されていることを知りたい文化」もあれば、「改善点を先に知りたい文化」もある。そうした多様な価値観を見極めながら対話することを意識しています。
IT改革の第一歩は「紙文化」からの脱却
——今後、ランスタッドのIT改革をどのように進めますか。
入社してまず驚いたのは、社内に根強く残る「紙の文化」でした。現在は、それらを一つひとつデジタルへと移行することから改革を始めています。
私の頭の中では、進めるべき変革を「10段の階段」に例えています。今年の秋にはその最初の一歩目をリリースする予定です。以降は、標準化にも気を配りながら、日本だけでなくグローバル全体で足並みを揃え、効率的なシステム基盤を共に築いていきたいと考えています。
また、日本でゼロから作り上げるのではなく、海外で開発されたシステムを「これを使わせてもらえますか?」と柔軟に取り入れる工夫も進めています。そうした取り組みを重ね、できるだけ早く「10段の階段」を駆け上がりたいと思っています。
次世代リーダーに求められるのは「完璧主義にとらわれない柔軟な考え方」
——次世代ITリーダーにアドバイスをお願いします。
私はここに至るまで、すべてが順風満帆だったわけではありません。多くのプロジェクトで失敗や迷惑をかけた経験もあります。それでも今、ここに立っているのは、「責任を背負って頑張る」ことが大切である一方で、「死ぬわけではないのだから、思い切って挑戦してみてもいい」という考え方を持ってきたからだと思います。
CIOという役職には、まだ女性が少ないのが現状です。しかし、ITの分野で活躍する女性は着実に増えています。「あの人にできたのだから、自分も挑戦してみよう」と、少し軽やかな気持ちで一歩を踏み出してほしいですね。
私の上司はインド出身なのですが、よく「日本人は完璧主義だ」と指摘されます。もちろん前準備(前始末)は丁寧に行うべきですが、実際には「やってみないと分からないこと」や「リリースしてみなければ評価できないこと」が数多く存在します。だからこそ、一歩踏み出し、ダメならすぐに軌道修正する。その柔軟さを持って取り組むことが、これからのリーダーに求められる姿勢だと考えています。
以上
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