小売業DXの舞台裏——ヤオコーCDOが語るIT部門刷新の4年間
AI自動発注プロジェクトから始まったヤオコーでの挑戦 ──これまでのキャリアについて教えてください。 ヤオコーには、最初からCDOとして入社したわけではなく、当初はサプライチェーン領域のシステムを担当するチームのマネージャーとして着任しました。そこで最初に手がけたのが、AIを活用した自動発注プロジェクトのマネジメントです。 このプロジェクトを通じて、ヤオコーの企業カルチャーや、商品が店舗に届くまでのサプライチェーンの流れを深く理解することができました。そうした経験が、その後の仕事の基盤になっていると感じています。 現在の役職に就いてからは、全社的なIT戦略の策定と、IT部門の組織立て直しに取り組んできました。具体的には、店舗のデジタル化を進めるとともに、顧客サービスやCX(顧客体験)の向上を目的としたデジタル施策の推進を中心に取り組んでいます。 最大の成果は「IT部門の立て直し」――50人規模へ拡大した組織改革 ──これまでのキャリアにおける最も大きな功績を教えてください。 ITのキャリアをスタートしてからこれまで、IT部門のマネジメントに携わってきました。この期間は、IT技術の進化が非常に速い時代でもあり、今振り返るとその中でさまざまな経験を積めたことは、非常に大きな財産になっていると感じています。 一例をあげると紙ベースの業務やサービスからWebへの移行が進む中で、前職ではWebを活用した宅配システムやECサイト、アプリの構築などにも携わりました。 また、東日本大震災の発生時に、「限られた商品、物流、インフラという厳しい制約の中で、いかにスピーディーにお客様へ商品を届けるか」という課題に向き合い、システム面や業務面での対応に取り組みました。これらの経験は、自分のキャリアの中でも大きなものとして残っています。 ヤオコーに移ってからは、ビジネスへのインパクトという観点ではAIによる自動発注の導入が挙げられます。また、システムアーキテクチャの進化という点では、データ基盤のクラウド移行や連携基盤の整備、DWHの再構築などにも取り組んできました。 ただ、最終的にシステムをつくるのは人です。そう考えると、ヤオコーでの最大の成果は、IT部門の立て直しだったのではないかと思います。社長からIT部門の再建を任されたことが出発点でしたが、中途採用で人材を積極的に迎え入れながら、この4年間で部門の人数は50人強まで拡大しました。 現在では、店舗のデジタル化や顧客サービスの進化に向けた複数の施策を並行して進められる体制が整い、組織としてスピーディーに動けるようになっています。それが最大の成果であると同時に、最も苦労した点でもありました。 入社した当初に強く感じたのは、関係部署や店舗との距離感や信頼関係が、マイナスに近い状態にあったことでした。システム導入においては、本来、関係者が期待を持って「こうしてほしい」という要望を率直に伝え、それをIT部門が形にしていくというキャッチボールが必要です。しかし当初は、そのやり取りがなかなか成立していませんでした。当然ながら、IT部門のメンバーのモチベーションも高いとは言えない状態でした。 こうした状況を変えるためには、まず「デジタルを活用すると仕事が良くなる」という実体験を現場に持っていただくことが重要だと考えました。入社後、最初に取り組んだAIによる自動発注は、全社的にインパクトの大きい施策だったことから、この取り組みを通じて、「ITを活用するとここまで生産性が上がるのか」という実感を、現場の方々に持っていただくことができたと思います。 そうした経験の積み重ねによって、IT部門の信頼感へと変わっていったのではないかと感じています。 IT部門に求められるのは「期待を超える価値の提供」 ──大きな実績を上げるまでにはどのようなチャレンジがあり、それは現職でどう生かされていますか? ヤオコーでのこの6年間を振り返ると、取り組んできた仕事のほとんどが、それまでの経験の延長線上にはないものでした。新しいビジネスの仕組みづくりや新技術の導入、さらには組織の立て直しなど、いずれもゼロから一をつくるのに近い取り組みだったと思います。なので、それらすべてが常にチャレンジであったと感じています。 仕事に向き合う上で常に意識しているのは、求められているレベル以上の価値を提供する意識を持つことです。IT部門には、「この課題をITで解決したい」「このサービスをITで実現したい」といったさまざまなリクエストが寄せられます。その要望に対して、プラスαの価値を出したいと考えています。 また、ヤオコーに入社する前の約3年間に経験した企業合併も、現在の仕事に大きく生きています。M&Aされる側とする側の両方を経験し、それまで慣れ親しんだ環境とはまったく異なる文化やメンバーの中で、オペレーションとシステム統合のプランニングに取り組みました。 その経験の中で、新しい組織の中でどのように関係性を築いていくのか、そして既存のシステムの実力をコスト面も含めてどのように把握していくのかなど、多くのことを学びました。当時は最大で4〜5部署を兼任するなど、非常に密度の高い経験でしたが、その経験が、今のヤオコーでの仕事にも活きている部分があると感じています。 IT化の目的は、人にしかできない仕事を増やすこと ──仕事をする上で心に残っているアドバイスはありますか? CDOやIT部門長という役職は、この10〜15年で急速に存在感を増してきたポジションです。そのため、明確なロールモデルが少ないのも実情だと感じています。そうした中で、今でも印象に残っているのは、26〜27歳の頃に受けたある言葉です。 当時、私は物流部門で仕事を任され、やりがいを感じていた時期に、IT部門への異動を告げられました。正直なところ、「なぜ自分がIT部門へ行くのか」という戸惑いの方が大きかったのを覚えています。今の「AIが人の仕事を奪うのではないか」という議論ではないですが当時の社長に、「IT化を進めることは、究極的には人の仕事を奪うことになるのではないか」という疑問を率直にぶつけました。 すると社長の返答は、「今やりたくてもできない仕事や、人にしかできない仕事をするためにITが必要なんだろ」と、シンプルな言葉でした。IT技術に詳しい方ではありませんでしたが、その一言によって、IT部門への異動も、ITの仕事そのものも前向きに捉えられるようになった気がしています。 そのことが、私の中ではIT化やDXは目的ではなく、あくまで手段だという考え方が軸になっています。施策を進める際には常に、「何のために取り組むのか」「誰の仕事・どのサービスがどのように良くなるのか」「結果、どのような成果につながるのか」突き詰めることが重要だと考えています。 また、ITの仕事を続けていく上でのモチベーションになったのは、プログラミングやインフラなど、技術を習得していく過程そのものの面白さだけではありません。社内SEとして、小さなツールの改修やシステム構築が、実際の業務に直結する形で成果として見えることが大きなやりがいになっていました。そうした小さな積み重ねの中で「ITの力」を実感できた経験が、この仕事を続けていく源になったのだと思います。 やりがいとプレッシャーが表裏一体、だからこそおもしろい ──CDOとして、どのようなところにやりがいを感じますか? 一つの施策やソリューションによって、大きなビジネスインパクトを生み出せること。これが、CDOという仕事、ひいてはITの仕事の最大の魅力だと思っています。その一方で、失敗した場合の影響も同じように大きい。やりがいと同時に大きなプレッシャーを伴う仕事でもあり、正直なところ「やりがい半分、プレッシャー半分」という感覚です。 システムは、「100%動いていて当たり前」の世界です。電気やガス、水道と同じで、「99%稼働しています」という状態では許されません。99%ということは、100日に1日は障害が発生する計算になるわけですから、現場の方やお客様の立場からすれば到底受け入れられないでしょう。 システムの重要性は年々高まっており、その責任の重さはキャリアを通じて常に感じてきました。そうした緊張感が、やりがいと表裏一体のものとして、今も仕事を支えているのだと思います。 業務とシステムの流れを把握することがCDOの出発点 ──CDOに必要な資質とは何でしょうか? まず前提として、自分自身が成功しているとは思っていませんし、課題もまだ多くあります。その上で、ITリーダーにとって欠かせないと感じているのは、ビジネスの仕組みをしっかり理解することです。どの業務でどのシステムが使われているのか、どのサービスでシステムが機能しているのか——ヤオコーで言えばサプライチェーンの流れになりますが、そうした業務とシステムの関係を把握することは、ITリーダーにとって必要なことだと思います。 また、私自身は現場での経験を多少なりとも持っているため、現場へのリスペクトを常に持ち続けることも重要だと感じています。 人のマネジメントという観点では、心理的安全性を確保し、メンバーのモチベーションを維持すること、そして公平な評価を行うことが不可欠です。ヤオコーでは店舗やビジネス部門がビジネスの中心にあります。そのため、それらの部門を評価する指標はあるものの、IT部門のメンバーを同じ指標で評価することは簡単ではありません。 私が着任した当時は、評価の公平性が十分に担保されておらず、「なぜこの評価なのか」という基準が可視化されていない状態でした。給与体系そのものを変えることは難しくても、現行の人事制度の枠内で、「この評価になる理由」「キャリアアップの軸」を誰の目にも分かる形にすることに取り組みました。評価の公平性を担保することは、チームの信頼関係を築く、定着率をあげていくうえで非常に重要だと考えています。 また、組織が大きくなるほど、人への接し方が雑になってしまいがちですが、メンバー一人ひとりにとっては常に一対一の関係です。その関係を大切にすること、そして発信する立場になりがちな役割だからこそ、組織の上位層だけでなく、現場に近いメンバーの声にもきちんと耳を傾けることを、常に心がけています。 ITリーダーに必要なのは「伝わる言葉」で話す力 ──これからCDOを目指す人材に求められるスキルは何でしょうか? デジタルの重要性を周囲に理解してもらうためには、言葉で説明するよりも、実体験としてインパクトを感じてもらうことが最も効果的だと思っています。理解してもらうことを諦めず、実績を一つひとつ積み上げていくことが大切です。 メンバーにはよく、「きちんと伝わる言葉で話すことが重要」と伝えています。専門用語を使えば一見かっこよく聞こえるかもしれませんが、それでは自己満足に終わってしまいます。 スーパーマーケットという業態の場合、システムを実際に使うのはパートナーやアルバイトの方々など、必ずしもITリテラシーが高い人ばかりではありません。スマートフォンの普及で状況は以前より改善していますが、それでも違和感なく仕組みを使ってもらうこと、そのために分かりやすく説明することは、今も変わらず重要なポイントです。 また、「理解してもらうことを諦めない」という姿勢も大切です。トラブルが起きた際に、専門用語を並べるだけでは状況は伝わりません。たとえリスクが完全に解消されたわけではなくても、「このような対応を行ったため、リスクは低減されています」と誠実に説明し続けることが重要です。 そうした積み重ねが、社内での信頼関係を築く基盤になるのだと思います。 ITリテラシーの向上という観点では、研修も一つの方法ですが、実際には時間を確保することが難しい場合がほとんどです。それよりも、「興味を持ってもらうこと」が本質だと思います。 例えば、店舗に展開している仕組みがどのように動いているのか、どのようなデータが取得できているのかを一緒に見ながら、「このデータがあるなら、こんなこともできるのではないか」といった発想が生まれる状態をつくることです。また、各部署にいるITが好きな人をハブにして理解を広げていくなど、さまざまなアプローチを組み合わせていくことも重要だと考えています。 DXの基盤整備から「利活用フェーズ」へ ──今後の展望と取り組みを教えてください。 ヤオコーで変革に着手してから、4年が経ちました。振り返ると、当初はグランドデザインや明確な方針が存在しいなかったことが、システムのサイロ化を招いていたのではないかと感じていました。そのため、まず取り組んだのは、目指すべきToBe像とグランドデザインを策定することでした。 この4年間は、そのグランドデザインに基づいて取り組みを進めてきました。特に直近の1年は、インフラ面とアーキテクチャ面の両方で大きく進化できた年だったと感じています。これまで準備してきたシステムが次々とリリースされ、展開もほぼ完了する段階に入りました。 これからは、整備してきた基盤を本格的に活用していくフェーズになります。生成AIの活用をさらに進めるためのデータ基盤連携の強化や、昨年公開したアプリを軸としたオムニチャネル化の推進など、これまで築いてきた基盤をさらに発展させ、実際の業務やサービスに活かしていく段階に入っていくと考えています。…

