ChatGPTが登場して新たな革命が始まってから、ほぼ3年。AI投資における一貫したROI(投資収益率)はいまだ捉えにくい状況です。
IBM Institute for Business ValueがCEOを対象に行った調査によると、近年のAI導入のうち期待されたROIを達成したのは25%にとどまり、全社規模での展開に成功したAIプロジェクトは16%しかありません。
こうした問題が起きる一因として、多くの企業は自分たちがどんな状況に足を踏み入れようとしているのかを十分理解していないことが挙げられます。調査では約3分の2のCEOが「テクノロジーの本当の価値を理解する前に、FOMOによって投資を決断してしまっている」と回答しており、ROIを急いでAIプロジェクトをスタートさせたり、単に話題作りのために導入したりしてしまうケースがあるようです。これでは成功からは程遠いと言えるでしょう。
期待外れだったAIプロジェクト
過去2年半のAIブームを目の当たりにしてきたIT専門家にとっては、こうした状況は予想の範囲内のようです。
「この調査結果は業界全体の傾向と非常に一致しています」と語るのは、フィンテックソリューション企業B2BROKERのチーフプロダクトオフィサーであるイヴァン・ナヴォドニー氏です。「ROIを測定するどころか、生産段階にまでこぎつけるAIプロジェクト自体がごく一部しか存在しないのが実情です」。
AIは“流行りの”テクノロジーだという理由だけで多くの企業が取り入れていますが、何を解決したいのかをしっかり設定していないケースが多いとナヴォドニー氏は指摘します。
「企業として“AIファースト”であることをアピールしたいあまり、深刻ではない課題に当てはめてしまうことがよくあります。たとえば、コンテンツ生成の実験などは代表的です。本来はビジネスの中核的な課題を解決するためにAIを活用すべきなのに、そうなっていません。大事なのはAIに飛び乗ること自体ではなく、ちゃんと方向性を見極め、本当に必要かどうかを判断することです」。
専門知識が不足している
多くのITリーダーやビジネスリーダーは、組織内の専門知識やユーザー側への説明の必要性を十分に検討せずにAI導入を進めてしまっている、とナヴォドニー氏は続けます。その背景にはやはり、乗り遅れたくないというプレッシャーも影響しているようです。
「競争力を維持するために急がなければと焦るあまり、重要な手順を飛ばしてしまうケースがあります。導入スピードを優先して、プロダクトの品質がおろそかになるのです」と同氏は言います。「これは非常にリスキーなやり方で、リソースを浪費するだけでなくブランドの評判を落とすことにもつながります」。
AI革命のスピードの速さも、企業が準備不足のまま取り組む要因になっていると、IBMコンサルティングのグローバルマネージングパートナーであるニール・ダー氏は指摘します。
こうしたAIの急激な変化によって、CEOたちは自社のビジネスニーズを見越していく必要性を突きつけられている、とダー氏は言います。2025年のIBM調査では「予測精度」がCEOにとって最も大きな関心事でしたが、2024年には「製品イノベーション」、2023年には「生産性」と「収益性」が上位に挙がっていました。
「CEOは常に“次に来る変化”を見据え、自社や業界における破壊的な動きを想定しておかなければなりません。そうする中で、マクロなトレンドを見極め、柔軟に対応する必要があります」とダー氏は語ります。
その一方で、多くの企業はAIの活用に向けた基盤が整っていないにもかかわらず突き進んでしまった、と同氏は続けます。たとえば、多くの企業はAIに活用できるデータの整理が不十分なままプロジェクトを始めているというのです。
「AIが急速に広まった結果、部門のごく小さな領域だけに影響を与えるような“スカンクワーク(内密の試験プロジェクト)”をとりあえず始めてしまうケースが多かったのです。しかし、本来は“これが組織全体に価値をもたらすのか”という視点で検討すべきでした」とダー氏は述べています。
リスクとベネフィットを見極める
AIで成果を得るためのしっかりした基盤を整えていないだけでなく、十分なROIを得るまでにかかる時間や投資を見積もれていない企業が多い、と金融サービス企業SWBCの品質エンジニアリングディレクター、ナグマニ・ルヌ氏は指摘します。
「AIを導入する前に、まずはモデルを正しく学習させ、高い精度を得られる環境を整えなければなりません。失敗したら大きなコストがかかりますから、まずはリスクの低い分野から着手するのが得策です」と同氏は言います。「ハードルが低く、リスクが小さい部分が優先事項になります」。
過去に失敗があったとはいえ、企業がAIを取り入れる必要性は変わりません、とIBMコンサルティングのダー氏は主張します。「このテクノロジーは今後も進化し続け、あらゆる業界や機能に大きな影響を及ぼすでしょう。ジェネレーティブAI戦略をしっかり構築しないと、競合に後れを取るリスクがあります」。
しかし、調査によるとCEOたちはAI導入の姿勢を見直し始めている可能性があります。新しいテクノロジーの導入時に「速く間違う(fast and wrong)よりも、遅くても正しい(right and slow)方がいい」と答えたCEOの割合は37%でしたが、これはジェネレーティブAIが登場した初期の頃からの変化を示唆しています。
また、回答したCEOの約3分の2は、ROIに基づいてAIのユースケースに取り組んでいると回答しており、過去数年間の姿勢とは異なる兆しが見えます。CIOも同様に、最近はAIの実験的な活用からより実践的な適用へとシフトしているようです。
必要な労力を甘く見るな
SWBCのルヌ氏は「飛び込む前に足元を見ろ」と警告します。「急がば回れです。リスクを把握し、ROIが十分見込めるか、リスクを上回るだけの価値があるのかを見極めるべきです」。
多くの企業は、有望そうなAIの試作品から大規模な生産システムとして価値を提供できる段階に移行するまでのハードルを大幅に見誤っています、とサイバーセキュリティ関連企業を傘下にもつPoint WildのCTO、ズリフカル・ラムザン氏は言います。
AIプロジェクトの失敗は、テクノロジー自体の欠陥というより、組織がそれを活かすための内部スキルを欠いているために起こることが多いというのです。
「AIは強力なツールですが、“ツールを持った愚者はやはり愚者”なのです」とラムザン氏は語ります。「コアとなるAIのコードを書くなら、熟練エンジニアが数日から1週間ほどで書けるかもしれませんが、そこから実用レベルに至るには何カ月もかかり、大勢の人手が必要になるのです」。