エンジニアから経営視点へ──三十代半ばで訪れたキャリアの転換点
ソフトウェアエンジニアとして社会人生活をスタートし、長く携わったのはICカードOSの開発でした。この経験を通じて、システムにおける品質とセキュリティの重要性を徹底的に学びました。
三十代半ばまではエンジニアとして経験を積み、その後、徐々にマネジメントへと軸足を移していきました。グループ内の関連会社で、IT領域の経営層に近い役割を2社ほど経験し、2023年に現職であるコーポレート部門の情報システム本部長に着任しました。
着任後、最優先で取り組んできたのがDX基盤の整備です。当社ではP&Iイノベーション──印刷(Printing)技術と情報(Information)技術を掛け合わせ、新しい価値を生み出す取り組みを進めています。ITが事業に不可欠となる中で、DXを支える基盤を確かなものにすることが重要だと考え、整備を推進してきました。
柱は大きく3つです。第1にデータ利活用、第2にAI活用、第3にモダナイゼーションです。基盤の構築自体はひと通り完了し、現在は社員一人ひとりがストレスなくITとテクノロジーを使いこなし、自律的にDXを進められる「民主化の状態」を目指して取り組んでいます。
研究開発から事業化へ──ICカードビジネス拡大への貢献
キャリアを振り返って、特に印象に残っているのは、MULTOS OSとSIM OSの開発です。いずれも初期プロトタイプの開発に携わり、リリースまで経験できたことは大きな財産になっています。
私が携わったのは初期段階ではありますが、リリースに関わった経験は、その後の事業発展を考える上でも大きな意味がありました。
「人の可能性は無限大」──現在のマネジメント観の原点となった経験
最大のチャレンジとして強く印象に残っているのは、クレジット決済における本人確認のWebサービスをローンチした経験です。
このサービスは、高セキュリティであることに加え、コンシューマー向けで大規模、しかもミッションクリティカルなWebサービスでした。当時、当社はB2Bが中心で、社会実装はされていても、開発の現場としてはB2B型のソフトウェア開発が大半でした。私の組織でも全社的にも経験が乏しく、率直に言えば当初はリスクが高すぎると考え、反対の立場でした。
事業部門の責任者と直接お話しし、「難しいので見送るべきではないか」と説得を試みたのですが、逆にサービスにかける熱い思いと事業としての展開構想を聞くことになり、結果として「やりましょう」と私が背中を押される形になりました。
セキュリティの知見自体は組織に蓄積がありましたが、ミッションクリティカルなWebサービスとして、どの水準でどう品質を担保するかは手探りでした。それでも当時のチームは、粘り強くトライアンドエラーを重ね、一つひとつ課題を潰して前に進んでくれました。
最終的には無事にローンチにこぎ着け、サービスとして黒字化したと聞いています。この経験を通じて、目の前では不可能に見えることでも、人の力は決してそれだけでは測れない──そのことを深く心に刻みました。「人の可能性は無限にある」という感覚は、いまも私のマネジメントの土台になっていますし、それを教えてくれた当時のメンバーのことは、いまでも誇りに思っています。
技術者としての情熱と管理職としての視座の狭間で
印象に残っているキャリアのアドバイスは2つあります。
1つは「戦う土俵を変える」、もう1つは「貢献への誇り」です。
「戦う土俵を変える」というのは、部長を拝命した際に、ICカード研究開発部門の責任者の方からいただいた言葉です。
「これからは、一人の技術者として部員と同じ土俵で戦ってはいけない」。その言葉は、私にとって非常に重いものでした。
管理職の役割は、個人として前に出て戦うことではなく、部員が最大限に力を発揮できる環境を整え、組織として成果を出すことにあります。いまでも時折、反省すべき局面はありますが、そのたびにこの言葉を思い出して自分を正し、次に臨んでいます。
「貢献への誇り」は、部課長研修で同席した企画営業部長の方から伺った話がきっかけです。
懇親の場で、「自分が担当する得意先の業界の発展に、どれだけ貢献できているか」という強い自覚と誇りを、熱を込めて語ってくださいました。その言葉を聞いたとき、私の中で大きく腹落ちしました。
ITであっても、私たちは価値を生み、それを社会や産業の発展にどう結びつけるのかを自覚しなければなりません。そして、部員が誇りを持って仕事に向き合えるよう、組織を方向づけることも、リーダーの重要な役割だと強く感じました。
この2つの言葉は、現場の思いと経営層としての視点、そして果たすべき責任の狭間で判断するとき、いまでも私の軸になっています。
経営と現場をつなぎ、未来を設計する役割の醍醐味
現職のやりがいは、テクノロジーを武器として、会社の未来を設計し、実行に移せる点にあります。数年前までは、「こうあるべきだ」「こうしたい」と構想しても、技術や環境が追いつかず、結果として構想が構想のままで終わることが少なくありませんでした。
ところが近年、特にAIを中心とした技術進展によって、かつては実現が難しかったことが、現実的な選択肢として見え始めています。不確実性が高まり、外部環境が急速に変化する中で、経営戦略、事業戦略、現場の革新のすべてにおいて、ITとテクノロジーへの期待は確実に高まっています。
その中で、現場から経営まで会社全体を視野に入れ、ITを武器に変革を牽引できる立場にいることは、非常に大きな責任であると同時に、何よりのやりがいでもあります。未来を描き、実行し、実装として根づかせていく──その一連のプロセスに関われることが、この仕事の魅力だと感じています。
多様なマネジメントスタイルが機会を捉え、新たな価値を生む時代へ
成功するマネジメントに必要なことをITの文脈で申し上げるなら、まず「変革への覚悟」を持つことだと思います。
同時に、いまの時代は不確実で、環境の変化も激しい。だからこそ、画一的なリーダーを量産するのではなく、「自分らしいリーダー」が数多く生まれるようにしていくことが重要だと思います。自分の強みを生かし、自分に合ったリーダーシップを発揮する。その多様性こそが、機会を捉え、新しい価値創出につながるはずです。
強みに気づきにくい方へのアドバイスとしては、「弱みの克服」ではなく、いま主流になりつつある「強みを伸ばすこと」を軸にした関わり方が一つの鍵になると思います。
誰かに「あなたはここが強い」と言われても、本人が実感できなければ行動につながりません。自分の中で「これが好きだ」「この領域なら自然に力が出る」と感じるものが、価値観の核になっていくことがあります。そこを言葉にできると、強みの自覚につながりやすくなるのではないでしょうか。
時間が経って初めて見えてくる「挑戦の価値」もある
若手のITリーダーにお伝えしたいのは、ITテクノロジーはあくまで手段であり、道具だということです。手段は、ともすると目的化しやすい。だからこそ、「誰のために何を変えたいのか」「なぜそれをやるのか」という軸を固めてほしいと思います。
また、プロジェクトは終わった瞬間に成功か失敗かを断定できないことも多いものです。一定の時間が経って振り返ったときに、初めて「あの挑戦はこういう価値につながっていた」と見えてくることがあります。その瞬間の評価だけで自分の挑戦を閉じてしまわず、粘り強く続けてほしいと思います。
挑戦を続けること自体が、未来を切り開く力になると信じています。
ITを武器にするのは現場──社員一人ひとりを変革の主体に
今後の展望として、私の担当領域では引き続きDX基盤の民主化に注力します。社員一人ひとりがストレスなくテクノロジーを使いこなし、自律的にDXを実践し、成果が循環する状態を目指します。
当社は事業が多角化しており、事業ごとに状況が大きく異なります。外部環境の変化にスピード感をもって追従し、変革や価値創出につなげるためには、社員一人ひとりがテクノロジーを「自分の武器」にしていくことが最も有効だと考えています。
中長期では、3〜5年を見据え、特にAIの状況を見定めながら、基幹系業務システムを新しい形で再構築したいと思っています。現在の業務プロセスは、人の存在を前提に設計され、その上にシステムがつくられてきました。今後AIがさらに進展する中で、人を排除するのではなく、AIを中心に据えた新しい視点で業務プロセスを再構築していきたいのです。
生成AIの3万人展開から始まる、ガバナンスと変革の両立
DNPでは2023年5月31日、生成AIを社員3万人が利用できる環境としてリリースしました。AI活用の鍵は、「ガバナンス」と「変革への活用」を両立させることにあると考えています。
本格的にエージェント化を進めるためには、環境整備が前提となり、業務プロセス自体も一から再設計し踏みながら進めている最中です。
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