きっかけは三木谷氏の言葉「サッカーに科学的なアプローチを」
ヴィッセル神戸がデータ活用に着手したのは2019年。きっかけは、楽天グループの創業者であり、代表取締役会長 兼 社長 最高執行役員の三木谷浩史氏の次の言葉だーー「サッカーももう少し科学的なアプローチを増やしていかなければ」。スポーツにおけるデータ活用で日本は欧米より遅れているが、野球やバレーでは取り組みが始まっている。それに対してサッカーは遅いのではないかという提言だ。
当時、そして現在でもヴィッセル神戸は、プロスポーツ特有の課題を抱えている。選手やスタッフの入れ替わりが激しく、優秀な人材が欠けるとチーム運営や競技に影響がでるのだ。
「(2018年〜2019年ごろ)チームは下位や中位を行き来しており、苦しい時期にあった。チームとして運用の基盤を積み上げていくことができていないのではという問題意識を抱えていた」と、チームのデータ分析を担当する饗場氏は当時を振り返る。データによる客観的な評価基準の確立と、それに基づく継続的な改善の仕組みづくりが急務だったのである。
ヴィッセル神戸は2つの領域でデータ活用を進めてきた。1つは事業の改革、もう1つはチームの強化だ。
事業部側は、2019年にホームのノエビアスタジアム神戸における完全キャッシュレス化、2020年にチケットのQRコード化を完了させた。事業部側のデータの取り組みを進めた松澤氏は「Jリーグでは初。当時は画期的な試みだった」と胸をはる。これにより、取得できるデータ量は一気に増えた。
大きな追い風となったのは、アンドレス・イニエスタ選手などの有名選手が加わったこと。これにより来場、グッズ販売などの売り上げが増えたのだ。これも、データとして蓄積されていった。
チーム強化では、データ分析を専門とするチームを新たに立ち上げた。ごく小規模なメンバーで、挙手制で人材を集めた。饗場氏も手を挙げた1人だ。
データ活用のためのデータの収集基盤の整備からスタート。そして、貯まってきたデータを活用するが、そこで壁にぶつかる。「こんなデータがあります」と現場の監督やコーチに見せても「響かない」のだ。「サッカーの強化において本質的なデータは何なのかがわからなかった」と饗場氏。それだけではない。「どのタイミングで、どのぐらい見せればいいのかもわからない」(饗場氏)。
事業部側でも同じような課題を感じていた、と松澤氏は頷く。
「響く」データを探せ
監督に、コーチにデータを使ってもらうために、「響く」データは何かの模索が始まった。
監督やコーチたちはそれまでデータを使わないやり方で進めてきたので、データについて具体的なニーズはない。そこでデータ分析チームが行ったことは、「運用に入り込む」だ。データ分析チームがピッチに出て、監督やコーチの横で話に耳を傾け、選手の動きを見ながら、ニーズを汲んだ。
データといえば「シュート成功率」「パス成功率」などが浮かぶが、饗場氏らがこだわったのは「エンターテイメントではなく、チームが勝つため、強くするためのデータ」だ。具体的な内容については明かさなかったが、「”ふーん”で終わるデータではだめ。今クラブがどういう課題を抱えているのか、どこに問題があるのかなど事象の解像度を上げていくデータ」という。監督やコーチらがプロの肌感覚で「ここがよくないな」と思っているところに、それを示すデータを見せることで「響く」。
そのような試行錯誤が2〜3年、少しずつ「響く」データの内容、タイミング、量などが見えるようになった。
データ分析・可視化では、楽天グループが全社導入していることからヴィッセル神戸でも「Domo」を用いた。監督やコーチ向けのダッシュボード、分析担当用のダッシュボードなど、ユーザーを想定してダッシュボードを作り分けている。
データを見るだけの「自己満足」からの脱却
チームの分析担当が模索を始めた頃、事業部も”データがあれば良い”という考えが行き詰まったことで、振り出しに戻った。
自分たちがやりたい目的は何かを考えて、「データがあるだけ」から、「(データを)意思決定につなげる、アクションにつなげる」に視点を移した。それを実現するためにどうするかーーたどり着いたのは、「業務プロセスにあったデータ設計」だ。そして、アナログに、まずはそれまでの業務プロセスを書き出した。そこから改善点を考える、というやり方をとった。
「業務プロセスのどこに問題があり、それを解決するために複数ある手段の1つとしてデータがある」と松澤氏は考え方を説明する。
そこで業務プロセスを見直して、データを活用した業務を進めるように改善することで少しずつ意識を変えていったのだ。
事業部側では、1)スポンサーシップなどのBtoB領域、2)チケットやグッズ販売のBtoC領域、3)スタジアム運営、4)人事・総務・経理などのバックオフィス、と4つの領域がある。特に1)と2)はトランザクションデータが中心であり、現在は「毎日のようにDomoを使って分析している」という。
松澤氏はこれまでの取り組みを振り返って、データは2つの役割があると見る。「課題の特定のためのデータ」「解決するためのデータ」だ。この2つがきちんとデザインされた上でデータを使うパターンを意識しなければ、データを眺めるだけの状態になる、と学びを伝える。「データを見るだけで自己満足に陥る。これが一番危険なパターン」(松澤氏)。
生成AIとデータで可能性を広げる
これまでのデータ活用の取り組みに手応えを感じながら、次なるステップへ向けて生成AIの活用も始まっている。例えば、毎試合ごとに行っているアンケート。それまでは人が寄せられた回答を見ながら、感覚的に「こんな不満が多い」と使っていたが、生成AIは数千単位の回答をわずか数秒で要約してくれる。これにより、「定量から定性へとデータ活用を拡大できる」と松澤氏。データと生成AIの組み合わせにより、リソースや時間の制約でできなかったことが広がる、と目を輝かせる。
生成AIについては、チーム側でも戦略の策定や課題の特定などで活用が進んでいるという。
「我々がやってきたデータ分析が理系的とすれば、生成AIは文系的。使い分けが必要になるが試行錯誤しなければわからない」と松澤氏。松澤氏は現在、社長室として事業部とチーム全体のデータ活用の取り組みをみているが、ヴィッセル神戸では社員の70%が何らかの業務で生成AI活用をしているとのこと。
生成AIが加わることで、ヴィッセル神戸のデータ活用は次の段階に進みそうだ。
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