なぜDX化を推進したのか
デジタル技術の進化に伴い、製造業のビジネス環境は大きな変化を遂げている。製品自体のデジタル化だけでなく、製造現場でも人に頼らず生産できるロボット化が求められるようになっている。
しかし日本国内ではITスキルを持った人材育成が追いついていない状況だ。経済産業省の推計によると、2030年までにIT人材の不足が約45万人に達する見込みだ。
デジタル技術のスキルを持つ人材を増やし、市場のニーズに迅速に対応できるよう努めることが求められている。
そのような中でデジタルソリューション企業への転換を進め、事業としてのDX推進だけではなく省人化など社内DXへの取り組みに力を入れているのが自動車向け機械・部品設計大手のアビストだ。
2023年11月1日には経済産業省が定めるDX(デジタルトランスフォーメーション)認定制度に基づき、「DX認定事業者」としての認定を取得した。
アビストは1998年に事業を開始して以来、自動車を中心とした製造業に向けて設計開発を派遣および請負という形で提供してきた。
その後2019年3月にはAIソリューション事業部が設立され、DXやAIソリューションなどの事業を展開するようになる。
その後2021年12月にはデジタル設計ソリューション推進部が開設され、2022年8月には傘下にイノベーションセンター(旧AIソリューション事業部)とデジタルソリューション開発課(旧デジタル設計ソリューション推進部、現デジタルソリューション開発センター)を傘下に持つデジタル推進部門(16人)が設立された。
デジタル推進部門の部門長兼執行役員の山浦雅生氏は次のように語る。
「自動車はこの20年間で大きく変わってきており電動化や電子化が進んでおります。当社の社員もこの様な流れに遅れを取らないように新たな技術を学んでいく必要があると考えております」
さらに電動化という流れの中で内燃機関に電子部品がどんどん付加されて標準部品がどんどん増えていき、開発期間を短縮することが求められるようになってきた。
「自動車の開発期間も昔に比べて短期間での開発が求められるようになっており、都度、一から部品を開発するのではなく、部品を共通利用する事も増えてきています」(山浦氏)
アビストの場合は車のボディ、ランプのデザインや内装部品などを担当してきたことから、そうした部位のレパートリーも増えていったという。
「昨今のデジタル化の流れの中で、取引先からアビストに対する技術的な要求がますます高まり、リードタイムの短縮や高品質・多機能製品の開発が求められています。そうした対応は中堅の社員にしわ寄せがいってしまいます。ある程度経験のあるものが、図面や電子部品のチェックをしなければならなくなるので、ボトルネックになってしまう。しかしそこをなんとかしないと、あたらしい仕事もとれませんし、技術的なことを学ぶ時間も取れないですから、なんとか効率化する方法を考えようということで、2015年ごろからDXの活動を始めたわけです」(山浦氏)
電子メールの仕分けが大きな課題に
ではどのようにしてIT化を進めていったのだろうか。
「最初は現場のヒヤリングから始めました。『これが大変なんです』『あれが大変なんです』というそれぞれの課題や要望を書き留めて、できるものとできないものを精査していきました」(山浦氏)
この時社内から上がってきた要望は作業支援を求めるような要望が多かった。
「最初はそれが現場の要望だからということで、システムを構築したのですが、いざ作ってみると、思いのほか利用してもらえない。人によって観点が違うんですよ」(山浦氏)
ある部署にとってそうした作業の効率化は非常に役に立つものでも、別の部署では全く役に立たたないということが発生したからだ。
例えば電子メールの仕分け機能がわかりやすい例かもしれない。設計者にはさまざまなメールが送られてくる。車の開発にはクラウンやプリンスなどプロジェクト単位で動いている。プロジェクトの連絡をメールでやり取りすることが非常に多い。例えば試作車を作るときに「ちゃんと確認してくださいね」といった通知がメールで送られてくる。しかし電子メールの9割は自身の業務に関係のないメール。その中から1割の非常に重要なメールを毎日設計者は一通一通確認する。
複数のプロジェクトを抱える設計者は膨大な量のメールを読まなければならない。そうした設計者が読まなければならないメールはプロジェクトに応じて倍々ゲームとなっていく。1日200通を越えることもあるという。
そのため重要なメールが埋もれてしまう恐れがある。
「メールを捌くだけでも1時間や2時間ぐらいの時間がかかり、非常に苦痛だという声がありまして、メールを受け取った過去の受信履歴や中身をどのようにチェックしているのかの履歴を元に、AIで自動分離するシステムを作ってアプリケーションとして提供してみました」(山浦氏)
このとき作成されたアプリケーションにおいては「教師あり学習」(事前に人間が用意した正解データをもとに学習させる方法)によるAIを活用して過去1年ほどのデータを学習させた。学習にはフリーソフトが使われたが、メールの内容は機密情報なので外部にはわからないような形でシステム開発が行われた。
しかし、10%といっても仮に重要なメールがひとつでも削除されれば、大変な問題になる。こうした問題をどう解消したのか。
「優先度で『必要なもの』『必要ないもの』『区分できないもの』に分け、『必要ないもの』の『しきい値』を厳しめに設定しました」(山浦氏)
ところがいざ、アプリケーションを提供してみると社員間で大きなニーズのばらつきが出てしまった。
「プロジェクトをいくつも持っていたり、過渡期のプロジェクトや繁忙期のプロジェクトを抱えていたりする人にはニーズがあったんですが、思った以上には使ってはもらえなかった。多くの社員は『Outlookの基本的な機能だけで十分だ』という認識で、結果的には使う人と使わない人が分かれてしまった」(山浦氏)
「作業支援」から「省人化システム」へ方向転換
アビストは車のデザイン変更の作業でも設計者たちの作業負担を軽減するためにAIの導入を図ろうとした。
アビストの仕事の流れを簡単に説明すると、メーカーから「こうした図面やデータを作ってほしい」という発注を受け、その仕様を確認していきながら、仕上げて形にしていく。
「最初にデザイン案が来まして、製造できるものなのかどうか、データを見ながら検討し、できないものについてはフィードバックをかけていくわけです。それを何度か繰り返し試作図を作成して試作データを作って、解析や精度評価、それに基づくフィードバックを行って、それを繰り返すという形です」(山浦氏)
チームの規模はプロジェクトの大きさによってばらばらだが、4、5人ぐらいのチームが多い。大手自動車メーカーなどでは40~50のチームが結成される。
車種や開発の時期によっても異なるが、開発の過渡期には1~2週間程度でデザインが変わることもある。最終的なデザイン案はそのような調整を繰り返し行って、半年から1年ぐらいかけて完成させる。
「こうした取り組みをしていると、同じような作業を何度も繰り返していることが多いのです。デザイン変更のたびに必要な製造要件がはいっているのかどうかもチェックしなければなりません。こうした作業がかなり負担になっていて、繰り返しやっているところは単純な作業も多いので、自動化できるところは自動化し、余った時間はクリエイティブな仕事に生かしていけるようにしようとしたわけです」(山浦氏)
しかしうまくはいかなかった。結局、新しいツールの使い方を覚えるより、今までのやり方の方が慣れているし、早くて確実だと多くの社員が感じてしまっていたからだ。
ほかにもこうした取り組みを7、8件手掛けたが結局利用する社員の嗜好性の問題で、あまり普及はしなかった。
「一部の方の要望通りに作業をそのまま自動化するだけではなく、その作業をなくす様なプロセスを変える取り組みが必要だったと感じています」(山浦氏)
こうした失敗体験を踏まえ、「新しいシステムで作業支援するのはどうも違う。新しいシステムで省人化を考えるべきではないのか」(山浦氏)と抜本的な運用の見直しを行った。
OCRを活用して50%程度の省人化
では「省人化」とは具体的にどのようなことをやったのだろうか。一例として挙げるのが2020年末からスタートした自動車部品の認可の仕組みを無人化するシステムの開発だ。
自動車の部品は一つ一つ公的機関から認可書と呼ばれる書類を発行してもらう。車両全体の認証を取るときにはそれらの部品の認可書の必要なデータを転記してデータベースに登録するという作業がある。
この作業をそれまでは人がひとつひとつ認可書を見ながら転記していたわけだが、これを自動化する取り組みに着手しようと考えていた。
認可書のデータはPDFデータではあるが、紙の認可書をスキャンしただけのもので、データそのものはデジタル化されていない。それは日本のみならず欧州などでも同じような状況だという。そこで最初はOCRを使ってすべて転記させようとしたが、OCRは精度が悪く100%正確なものにはならない。
「認可書のデータを一文字でも間違えると出荷停止なってしまいますから間違いが許されません。それまでは人が3人がかりでチェックしていたのですが、これをOCRで読み取っても100%正確に転記することはできない。そこでOCRで読み取ってあっているところだけを転記させるシステムに開発の方向性を切り替えました。ベースになっている部分はOCRを信用しきっていないという前提があります。規則正しいものには、必ずルールが存在しています。ただルールといってもあいまいなルールときちんと決まっているルールというのははっきりと峻別されます。一気に100点を取ろうとすると失敗するので、20点でもいいので、人が見なくてもいい範囲をつくれるシステムをつくることが大切だと考え、ルールがしっかりと決まっている項目だけを転記させて、誤りを起こさないシステムをつくろうということで進めてきました」(山浦氏)
新システムは昨年から稼働し、クロスチェックをやりながらも現在は50%ぐらいを自動で転記できるようになり、3人体制から2人体制への移行できるようになってきている。
「全部を全部システム化するというのは難しいですから、システムや業務の本質に少しフォーカスして、できることをきっちりやるというような形で今後もシステム開発を進めていきたいと思っています」(山浦氏)
中堅社員の業務負荷を減らす
アビストのDX戦略にとって今後、一番大きな課題となるのは、中堅社員の負担をどう軽減するかということだ。電動化や電子化が進む中で新しいプロジェクトがどんどん立ち上がり、その負担が中堅の設計者にのしかかっている。
そのためにはチェック業務の効率化を進めていかなければならない。チェック業務の効率化が進めば、業務を今の半分以下にすることができるからだ。
「今の業務が半分以下になれば、構築したシステムをいろいろな企業に販売し、そのすそ野を広げていくことができるようになりますし、設計や開発はデジタルソリューションに関するシステム提案ができます。もうワンステップ上の会社にしていきたいと思います」(山浦氏)
その目玉となっているのが設計の自動チェックシステム「デザインレビューシステム」(仮名称)だ。完成した3Dデータや図面データと、チェックしたい項目が書かれたチェックシートを「デザインレビューシステム」にインプットすることで、チェック内容をシステムが読み取り、その内容に基づき3Dデータや図面を自動でチェックするようなシステムを開発している。
「チェックという作業は設計の中で非常に大きなウエイトを持っておりまして、なんでもかんでも間違っていないかチェックを二重三重でやることによって、結構工数がかかってしまっている状況です。確実に自動化できる部位を特定して、判定していくシステムを作ろうという取り組みをしているような状況です」(山浦氏)
しかし、新しいシステム開発では大きな課題が残っている。文章で書かれているようなチェックシートだ。
「『品番はあっているのか』『○○はしてはいけない』とか、レ点でチェックしていくようなチェックシートが設計の中で結構あります。その内容をしっかりと機械が読み取って自動チェックできるシステムを作ろうということで、今、ChatGPTなども出てきていますから、自然言語処理を使ってやろうとしています」(山浦氏)
自然言語処理とは人間が日常的に使っている自然言語をコンピュータで処理させる一連の技術で人工知能と言語学の一分野である。
しっかりと機械が自分で可読できるよう文章を人間のように理解できるAI技術、AEI(Artificial Elastic Intelligence)の特許を持つスタートアップ企業のプラスゼロとタッグを組んで開発を進めている。
「チェックシートは先人のさまざまな知見が含まれています。それをAIに機械学習させるわけですが、チェックシートの情報が機械でも理解できる情報で不足がないかといえばそうとは言えません。例えば品番があっているかどうかをチェックするにしても『何と』という情報が必要なわけです。チェックシートの情報をChatGPTのようにAEIとも問答のようなことをするわけです」(山浦氏)
開発は2023年4月からスタート。図面の中で取れる情報としては形状が書かれている部分と注記といわれる文字情報が書かれているところがあり、現状、文字情報の部分に関する自動チェックは今年3月をめどに取り組みをして、チェックできる仕組み作りを進めている状況だ。
図面についてはいまだ未定の段階だが、その一年後ぐらいをターゲットにしいきたいという。
「図面は形状を認識して特徴量(分析対象データの中の予測の手掛かりとなる変数)を抽出して、『これはコネクターだね』『これはねネジだね』というところを認識できるようにし、形状の部分をグルーピングするような形を認識させようと思っています。チェックの自動化ができるようになると、その生成されたものに対するチェックができるようになりますので、例えば、100グラム軽くした部品を作りたいというすごくふわっとした形で指示を出しても、その内容に沿ったパターンをいくつか提案して、根拠を持った提案になってくるような形ができるのではないかと考えています。将来的には自動生成にもつながるのではないかと思ってこうした取り組みをしているわけです」(山浦氏)
企業の社内DXでAIを有効に活用するポイントについてConvergence Lab.の代表取締役社長、木村優志氏は次のように語る。
「社内DXでAIを活用する際に特に注意しなければならない点はAIというのは完全なものではないということです。パターン化された決まり切ったことしかできないことをしっかりと認識すべきです。だからそれを人が補完する必要があるわけです。AIの研究者の間ではHITL(Human in the Loop「人間がループ(システム)に組み込まれる」)という考え方があります。AIが苦手としているもの(意思決定や判断、制御など)を人間が補うことでより良い結果を出そうという考え方です。アビストの取組はそうしたやり方の成功事例としてみることができるのではないでしょうか」
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