デジタル技術を活用してビジネスモデルを変革し、企業の競争上の優位性を確立するDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていくうえでAIを活用する企業が増えてきている。
AI活用することでビックデータの分析や分析結果に基づく予測を自動化することが可能になるだけでなく、事業戦略の立案や業務効率化の有効なツールにもなるからだ。
ATMサービスの変革によって現金だけでなく情報の出し入れができる「プラットフォーム」づくりに力を入れるセブン銀行はAIモデル(機械学習モデル)・データを活用し、2つの改革を進めている。
一つはATMやセブン&アイグループのデータを使って新しい商品やサービスを開発したり、潜在的な顧客ニーズを発掘したりして収益拡大につなげる「データビジネス」の領域。
そしてもう一つは各事業部門などが持つ社内データをAIで分析し業務の効率化を図る「データ経営」の領域だ。
すでに「データ経営」ではATMの入出金予測の最適化やインドネシアにおけるATMの設置場所の探索などで実績を上げている。
セブン銀行は2021年7月1日、2021年度から2025年度までの中期経営計画を発表。「人材・組織・企業文化」と「データを軸としたビジネスモデル・プロセス」の両面における企業変革に力を入れることを明らかにした。
しかし水面下ではすでにセブン銀行の「AI・データ」戦略への取り組みは進んでいた。
中心となって動いたのは専務執行役員でセブン・ラボを担当していた松橋正明現社長だ。
4、5人のデータサイエンティストたちと2018年から「データ経営」の検討、ATMのデータの活用やセブン&アイグループのデータ活用についてPOC(Proof of Concept(概念実証))が行われた。
「当初から社員がデータ・AIを活用できる全社的な『データドリブン経営』に変えていこうと考えていました」(松岡氏)
コーポレート・トランスフォーメーション部(CX部)の副調査役でデータサイエンティストの松岡真司氏はこう語る。
しかし当時はデータプラットフォームも何もなく、POCをするための環境の構築からやっていかなければならなかった。
「当初は社内ネットワークではデータ分析(python使ったり)をする環境構築が難しかったので、分析用の環境を構築してそこでデータ分析やAI構築(機械学習モデルの構築)をおこなった」(松岡氏)
そして2019年には組織化され、セブン・ラボ、データチームが誕生した。
セブン銀行がAI・データ経営を内製化した理由
そして2021年にはデータチーム12人をCX部に移管、AIデータ推進チームとなった。
「それまでは他社に伴走してもらう形で取り組みを進めていたのですが、2021年ごろからは完全内製化に舵を切り、現在のAI構築はAI・データ推進グループの社員データサイエンティストたちで取り組んでいます。AI構築には一部でAutoMLツールを使っているものもいます」(松岡氏)
内製化を選択した理由は、AI活用は不確実性が高く、柔軟性が求められる取り組みだからだ、という。
AIを導入するにはいろいろ多くのハードルがある。AI分析を進めていくためには仮説を立て、データを集めて分析する。それでも精度が出なければ、原因がなんであるのかを究明するために新しいデータを集めたり、機械学習のためのアルゴリズムを変えてみたりする。
こうした業務を外部にゆだねてしまうとなかなか迅速な対応ができず、長期化すればコストかさむ。
しかも貴重なデータが自社には残らないという問題もある。だからこそセブン銀行は内製化に踏み切ったというわけだ。
ではどのようにして現場の社員を取り込みながら内製化してDX化を進めていったのだろうか。
例えばATMの入出金予測にAIを導入したケースを見てみることにしよう。
ATMの集配金など現金管理のサービスは各地にある現金センター単位で計画が立てられ、実行されてきたが、ATMの現金が不足する前に補充するタイミングを経験則だけで予測するのは難しい。そこで2020年夏からAI・データを活用してATMの利用実績データを分析、ATMの紙幣の増減を予測し、ATMの紙幣管理の最適化を図るために、CX部AI・データ推進グループの前身であるセブン・ラボがATMオペレーション統括部を支援する形で行われた。
このとき特に注意を払ったのはデータ集計や機械学習の経験のない業務部門の社員を取り込んでいく仕組みづくりだったという。
CX部はPythonなどでコーディング(プログラミング言語を使ってソフトウエアやアプリケーションを開発するプロセス)して、データ集計や機械学習モデルを作る特徴量作成を行っていたが、そうした経験のない業務部門にとってはコーディングの必要な作業は敷居が高い。そこでマイクロソフトのデータ統合サービス「Azure Date Factory」を採用してノンコーティングのGUI(Graphical User Interface)で特徴量作成やデータ管理が行えるようにし、機械学習モデル作成についても機械学習サービス「Azure Machine Learning」のAuto ML(自動機械学習)機能を使うことでさまざまなモデルが作成できる環境を実現した。
さらにこのプロジェクトでは、「Microsoft Azure」を使ってデータ分析・活用を進めたいという企業向けにマイクロソフトのデータサイエンティストチームが支援するサービス「Data Hack」が採用された。
「CX部では業務部門と連携したデータ活用に取り組んできましたが、業務部門の方自身にもデータ活用のスキルをシェアしていきたいと考えていました。基盤やツールの知識の技術支援、スキルシェア含むテーマ推進の支援を受けられたことがDataHackプログラムの意義かと思います」(松岡氏)
このプロジェクトの検証は2021年2月に完了したが、実証実験では37か所ある現金センターのうち、29か所で現行の予測精度を大きく上回る分析結果をあげることができた。
しかし実用化への道は決して平たんなものではない。このやり方で構築したAIは実装当日、精度と処理時間に問題が発生したため、2023年にAI・データ推進チームのデータサイエンティストにより全く異なるアプローチでAIを構築し、現在はそれが利用されている。
しかしこうした取り組みが全社員を巻き込んだ「データドリブン経営」の第一歩につながっていることは間違いない。
データサイエンティストが中心となり社内のIT人材を育成
セブン銀行のAI・データ推進グループのデータサイエンティストは10人。これだけでは取り組めるプロジェクトは限界がある。各部署の協力がいる。
しかし当時のセブン銀行ではほとんどの社員はデータをどう活用すれば社内の改革ができるのかといったことさえよくわかっていなかった。
そこでデータサイエンティストが中心となり社内でのIT人材の育成に力を入れた。
具体的にはどのようなことを行ったのか。
「データサイエンス初級」という教育プログラムを開発し、2021年7月から社内で提供した。
データサイエンティストが社員たちに指導したのは、「AI・データがなぜ注目されているのか」「どのような可能性がるのか」といった基礎的な知識から、社内で誰もが利用できるツールを使ったデータ加工やレポート作成のやり方などだ。
プログラムはオンラインで開催し、毎月10人程度が参加。すでに約550人いる社員のうち230人弱の社員がこのプログラムに参加している。
「特に中途採用の社員の方たちが積極的だという印象を受けます。どの部署でも『データ活用しなければ』という意識があって、新しく入られた方が社内のデータを理解するとか、使えるようになるという意味でも、申し込んでいただいている印象です」(松岡氏)
しかし1度の研修だけではなかなか簡単に理解できない人もいる。時間がたてば研修で学んだことを忘れてしまう人たちもいる。そこでデータ活用コミュニティーを立ち上げ、データサイエンティストが中心となって各部署の社員たちに自分たちが作成したAIを披露したり、社員たちがデータサイエンティストの力を借りて作成したAIを発表したりしている。
さらに研修受講者から「自分でもAIを構築できるようなになりたい」という要望があったことから「データサイエンス中級」のプログラムもスタートしている。
中級プログラムでは受講者自身がAIを活用することを想定して、「課題の設定」「データセットの作成」「AIの構築、評価」といたAI活用プロジェクトの基本的な進め方から、実際に使う機械学習ツールの使い方までを学ぶ内容となっている。座学2日間、演習・実践2日間の計4日間のプログラムとなっている。
データマネジメントのフレームワーク「DMO」
セブン銀行では2022年3月、中期経営計画の成長戦略として掲げる「事業領域の拡大」を実現するためにシステム基盤を刷新し、日本マイクロソフトが提供するパブリッククラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」と野村総合研究所が提供する東西2つの国内データセンターへ移行した。
しかしそれだけではAI・データを活用した積極的な「データ経営」を進めていくことはできない。「データ経営」を進めていくためにはデータマネジメントのフレームワークが必要となってくる。
そのような中で進められたのがDMO(Data Management Office)の設置だった。DMOは社内のデータを各部署で日常的に使いやすいように整備、運用する活動を推進するチームで、2022年4月にスタート、2023年には「Microsoft Azure」を活用して社内データを蓄積/活用できるようなデータ活用基盤(データプラットフォーム)を構築した。
それまでセブン銀行は各種サービスや業務について、事業部門がデータを個別に保持しており、別々のシステムのデータを繋ごうとすると、厄介な作業が発生してしまうという課題を抱えていた。
社員もまた「ほしいデータが取れていない」「使いやすく管理されていない」「分析するスキル、ノウハウがない」といった問題を抱えていた。
データを一か所に集めてデータの活用の方法などを全社的にアドバイスできるよう設立されたのがDMOだ。しかし当初は社内で認知してもらうのにかなり苦労したという。それだけではない。
DMOでは、企業に蓄積された膨大なデータベースから目的に応じて「データマート」と呼ばれるデータベースを構築し、それを業務部門に提供する。「データマート」の構築には「どうすれば使ってもらえるのか」という点を業務部門とすり合わせるのに時間をかけたという。
ところが、せっかくデータマートをつくっても、いざ現場に導入すると使ってもらえない、ということが多々あった。新しい取り組みというのは、慣れてしまえば便利なものでも、覚えるまではその作業が煩わしい。そこで松岡氏たちはどうすれば使ってもらえるのかを検討した。
「どうすれば有用に使ってもらえるのかを該当部署と何度も何度もディスカッションを行い、実際に試作品を作って意見をもらい、また作り直すということを何度も実施しました」(松岡氏)
現在はデータサイエンティストが「データビジネス」「データ経営」に関するさまざまなテーマに積極的にチャレンジし、そこで得られた知見を使ってDMOが各部署内に市民データサイエンティストを育成している。
「将来的には各部署に一人、市民データサイエンティストを育成して、市民データサイエンティストが自身の部署の業務の効率化に力を入れ、データサイエンティストは独自で考えた新しい案件やデータを使った新しいビジネスに注力したいと思っています」(松岡氏)
こうした取り組みにAIコンサルタントでConvergence Lab.の代表取締役CEOの木村優志氏は次のように分析する。
「全社員の半数近くがIT教育を受けている企業というのは珍しいと思います。そういう意味では評価できると思います。ただ今後こうしたDX戦略が事業形態の変革につながるのか、という点については何とも言えません。新規のDXを進めていくためには、しっかりとした課題設定ができていかなければ本当の意味でのDXはできません。それができるのかどうかが、今後の成功のカギを握るのではないでしょうか。データサイエンティストの視点で語ればトライ&エラーです。お客様はなかなか開発者側の知りたいことを話してくれません。なんども失敗を繰り返し、課題を吸い上げていくことが重要なんだと思います」
Financial Services Industry
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